まよらなブログ

世界樹Ⅳの小話:『祈りの効用』


「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話…
………ですが、体調が優れず書き進んでいないためお休みさせていただきます。

その代り、と言ってはなんですが、本日は、
2013年に頒布した井藤さんの本『星の記憶』に書かせてもらった話をアップします。
(本は完売したそうです。詳細はこちら。→「まんねんろう・オフライン」
テーマは「ルン子本(世界樹Ⅳ)」と聞いたので、
うちの赤ルン子とローゲル卿寄りのワールウィンドさんの話を書かせてもらいました。


「どうせ私の作品なんて価値がない。」と言っている人に
読んでもらいたいなと思って書きました………、が、伝わりにくい話になってしまった。


それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。



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【 登場人物 】
エトワール :
  赤毛の印術師の少女。通称、エト。
  時折、『ゼイトゥーン』というギルドの探索を手伝っている。
ワールウィンド:
 説明不要のNPC。 巫女を金剛獣ノ岩窟に連れて行った後、
 探索を進めていたが、補給のため一度街に戻ってきた。
『ゼイトゥーン』:
 城塞騎士の少女、夜賊の父と医術師の娘、踊り子の青年、狙撃手の少年のギルド。
 他にもお手伝いメンバーが数名おり、エトはその一人。
 「巨人の心臓」を手にするべく、金剛獣ノ岩窟を探索中。この話では登場しない。


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  【 祈りの効用 】

 赤毛の少女が、刺繍をしている。
 タルシスの気球艇の発着場――。その近くの草むらに座って、少女が刺繍をしている。よく晴れた昼前の時間帯で、気候も風も穏やかだった。外は屋内よりも明るく、細かい手作業をするには適しているのかもしれない。
 少女は、器用な手つきで細長い布に刺繍をしている。すでに刺繍を終えた布が二枚、傍らの籠に入っている。白い麻の布に亜麻の糸だから、刺繍はあまり目立たない。そして刺繍の模様は、装飾的とは言い難い。
 二枚の布に施された刺繍を、彼女の赤い頭の上から見る。縦線と斜線で構成される文字が数十個並んだ刺繍。九枝のルーンと呼ばれるものが、三文節に区切られて刺繍されている。意味は…分からない。読み方も分からない。専門外だ。
 少しだけ、気配を発した。少女は手を止めて顔を上げ、振り返り…、自分と目が合っても驚きはしなかった。代わりに、嫌そうな顔をした。失礼、と軽く手を上げて謝罪をしたが、口調が軽いことで彼女はますます視線をキツくさせる。
「…何かご用ですか、」
 ワールウィンドさん、と少女に名を呼ばれた。偽物だが、すっかり体に馴染んでしまった名前を呼ばれる。
 その馴染んだ名前をいよいよ捨てる時かもしれない……と考えながら、「いや、特に。」と返事をし、少女からますます睨まれた。
「私、暇じゃないんですけど。」
「そうみたいだね。何をしているんだい?」
 隣に屈んで、刺繍が施された布を一枚取ってみる。彼女は嫌そうな表情を崩さなかったが、触らないで、とは言わなかった。それどころか、彼女は思案げに自分を見上げてきた。
「…ワールウィンドさんも『金剛獣ノ岩窟』に入ってるって聞きました。巫女をイクサビトの里に連れてきたとか。…今日は、タルシスに戻って探索の準備ですか?」
「…、ああ。そうだけど。」
「じゃあ、ワールウィンドさんにも作りましょうか?コレ。」
 …と、刺繍をかざして、そんなことを言い出した。
「それはまた、意外な一言だね。それで、エトワール、君は何をしてるんだい?」
「お守りを作ってます。」
 「エトワール」と呼んだ少女は、針を布に刺して手を休めた。
「岩窟は熱と冷気の激しい場所だそうですね。魔物も炎や氷の術を使うらしいし、…ホムラミズチって、名前からして、きっと炎の魔物ですよね。だから、それを弱めるようなルーンを刺繍して、『ゼイトゥーン』の皆にあげようと思ってます。」
「…ああ、君たち印術師の聖印の応用みたいなものか。…ちなみに、なんて刺繍してあるんだい?」
 聞くと、少女は韻を踏んだ短い詩のような音を囁いた。それが、この刺繍されたルーン文字の読み方らしい。どんな意味?と問いかけると、「魔力によって、傷を癒せ」と彼女は日常で使用する言葉で答えた。
「太陽(シゲル)、戦いの神(ティール)、水(ラグ)のルーンも組み込まれた、音節です。これなら文字自体に氷と炎も弱める効果もありますし、戦いの神の加護も期待できます。」
「……さっぱり分からないけど、そうなんだ。」
「効果が出てほしいルーンは、太めに刺繍をしたんですが…」
 と、刺繍を見せる少女は、視線のキツさと早熟さのせいで誤解されがちだが、根は優しく真面目な性格だ。その性格を表すかのように、刺繍は丁寧に縫われている。……とても懐かしい誰かを思い出す。10年前のことなのに、鮮明に思い出す。父王に、ご武運を、と首飾りを差し出す聡明な皇子。
 …今、首に掛かっているその飾りを弄びつつ、今を脅かすように湧き上がった懐かしさを振り払う。その代わりに、「君はいい子だね。」とお世辞でもなく呟く。少女はきょとんとした後に、顔を背けて「やめてください。」と呟いた。少女があからさまに照れている様子に、苦笑とも微笑ともつかないものが自然と顔に浮かんできた。
「お守りを作ったりするなんて、健気ないい子だよ。」
「…じゃあ、ワールウィンドさんも健気なんじゃないですか。」
 彼女は意趣返しのつもりで言ったのかもしれない。だが、意味が分からず、こちらがきょとんとする番だった。少女は、それ、と手が弄んでいる首飾りを指してきた。
「それ、お守りなんじゃないですか?お守りを大切に持ってるのも健気だと思います。」
 半分は当たりだ。でも、半分は間違い。加護の祈りを渡された人は自分ではない。自分にとって、これは遺品だ。大切な人が遺したん物。送った人へ返すべき物。
「…いいや。俺にとっては…、…決意表明……みたいなもの、かな。」
 そうですか?と少女は不思議そうに首飾りを見つめる。いや、見つめているものは、首飾りというよりも…
「…時々、そうやって、触りますよね。」
 少女が見ているのは、自分の指だ。
「そのときの、ワールウィンドさんは…、私のパパが遠くにいる友達のことを祈ったり、私のママがパパの航海の無事を祈ったりするときに、似てます。」
「俺に似てるなんて、君のご両親はいい人に違いないね。」
 誤魔化さないでください、と少女は唇を尖らせ、両親のどちらかから譲られただろう赤毛をくしゃりと撫でつつ、「それ、大事にしてくださいね。」と言った。…いい子なのだ、本当に。この首飾りを父君に渡したあの御方と同じくらいに。
 だから、思わず口にした。
「…なあ、エトワール。聞きたいんだけどさ。」
「はい?」
「…遠くから、無事や幸福を祈るだけって、どうなんだろうね?」
 こうやって首飾りを弄びながらさ、と首飾りに触れながら尋ねる。遠くにいる、今、苦労を重ねている人を思う。思うだけしか、自分は出来ない。何せ、その遠くの故郷に戻る手だても、こちら側から世界を変える手だても、手にしていない。今はまだ、手にしていない。
「…祈ったり願ったりしてもさ、無駄じゃないか、と時々思うんだよ。」
 『星』を意味する名の少女は、露骨に眉を寄せた。
「…無駄、ですか?」
「祈りは、ただの自己満足じゃないかって。…祈られている相手を助けることは出来ないから。」
 首飾りの鎖を指に絡めて、呟いた。少女は己の赤毛を指に絡めて、思案する。今更ながら気が付いたが、彼女は考えごとをするときに髪を指に巻き付ける癖があるようだ。指に絡めた鎖が解けたときに、彼女は口を開いた。彼女の指の髪も解けた。
「ルーンの話をしてもいいですか?」
 どうして?と聞くのは無駄なような気がして、頷く。
「…まあ、君の専門だろうから。」
「私が南のアーモロード出身だって、言いましたっけ?」
「…聞いたような聞いていないような。」
 覚えていないだけだ、とは言わなかった。そもそも聞き慣れない国の名前を覚えている方が難しい。しかし、気付くことがあった。
「…ルーンは北の文化じゃなかったかな?」
「はい。アーモロードに印術は存在しません。盛んなのは星術です。うちのパパが船乗りで、仕事柄あちこちから本や文献を集めてて…、それで私はルーンを知りました。」
 本でルーン文字を初めて見たとき、と少女は続けた。
「不思議な文字だとは思ったんです。文字自体は無骨だと思いました。でも、それが刻まれているブローチの絵がとても綺麗で。…本を読んでいったら、武器や装飾品にルーンが刻まれてることや、それは護符になることや、文字の一つ一つに意味があることも分かったんです。…そう思ったら、興味が出て、私の先生とルーンの勉強を始めました。」
「…興味が出たのはどうして?」
 彼女は頷き、また赤毛を指に巻き付けた。
「…アーモロードは海の街です。船乗りと冒険者の街です。…帰りを待つ人たちが住む街なんです。」
 つまり、帰ってこない人を嘆く人々が住む街でもある、と気付いたが、当然口にはしなかった。少女は口にするまでもない、と思っているようだった。
「街には、無事を願う祈りが日常的に存在していました。…私が、ブローチや武器に刻まれたルーン文字に興味を持ったのも、きっとそのせいなんだと思います。」
「どういうこと?」
「装飾品にルーンを刻むことで、災厄から身を護ったそうです。小さな子どもにルーンを刻んだ護符を持たせて、無事に育つことを祈ったそうです。武器に刻まれたルーンは、武運や勝利を祈ったものです。そうして、誰かが、物に祈りを吹き込みました。その橋渡しをしたのが、刻まれたルーン文字。…私は、その祈りに…、惹かれたんだと、思います。アーモロードに沢山存在していた祈りと同じで…でも、異なる形だったから。」
 少女は、一息ついた。頭のいい娘だが、考えをまとめつつ語るのは難しいのだろう。少女は、やっぱり思案してから、
「…祈りって…ここにいない人や今は起きてないことを、想ったり考えたりする…ことですよね?」
 今度は自分が思案した。無精髭を撫でながら、人が「祈る」ときの場面を考えてみる。例えば聖堂。例えば墓標。例えば、星空の下。…例えば、故国を隔てる銀峰を見ながら。確かに、人は、今、その場に無いものを想う。…今、その場にいない人を想う。
 思案の途中で、ふ…っと、思い出された人が数名。無意識に首飾りを握りしめる。全員、今、この場にいない。その人々を想う、この痛み。
「…ここにいない人のことを想ったり、未来のことを願ったり…過去を後悔することもそうなのかもしれないけど、…祈りって、見えないものを想うこと…だと、私は考えます。」
 彼女はそして、顔を上げた。きゅっと唇を結び、キツい眼差しを更に厳しくさせ…、しかし静謐で穏やかな空気もそこに漂わせる。連想するのは、冷たくも澄んで、口に含めば渇きを癒す甘い水。
 そんな厳しさと柔らかさを漂わせながら、少女は結んだ口を開いた。
「それは、人にしか出来ない、大切なことだと思います。」
 …ああ。この子は人間を愛しているのだ。人間の弱さと強さの発露を、大切なものだと言う。
「私のパパが航海に出てる間、ママは無事を祈ってました。傍にいない以上、それしか出来ないからです。パパも口ではいろいろ言いますけど、ママの祈りが嵐や難破から護ってくれてるとは思ってません。…けれど、無事を祈ってくれる人がいるからこそ…無事を祈ってくれていると知っているからこそ…、何があっても帰ってくるんだそうです。だったら、」
 祈りは無駄なことなのでしょうか、と少女は囁いた。刺繍を撫でながら、
「…この刺繍を見て、帰らなきゃ、と思ってくれるのなら、…この布は、どんな武器や鎧より、強い武具なんです。」
 祈りは無駄なことではありません、と少女は告げた。
「…さっき、そのペンダントは決意表明のようなものだって、言いましたよね。そのペンダントの中身が何かは知りませんけど、そのペンダントがあなたの決意を助けているのなら…、そこに込められた想いは無駄なものではないでしょう?」
 少女はそう言って、見上げてくる。意志の強そうな目だ。言ったことはやり遂げる、そんな目だ。…10年前にこの首飾りを父親に渡した「誰か」にそっくりだ。そして、その「誰か」は、まさに自分が祈りを寄せる相手なのだ。
 ……あの御方も、この子のように成長しているのだろうか…
 そんな感傷を伴いながら、首飾りを指で摘んで、そうだね、と答えた。確かに、何があっても帰らねばならない。その首飾りは、そんな覚悟を強くする「武具」だった。少女は、逆もそうですよ、と言って、針から糸を抜き、ピンクッションに針を刺す。
「ワールウィンドさんの祈りも、相手を支えていますよ。」
 それには、同意は出来なかった。自分が祈っていることすら、相手は知らないからだ。けれども、口先だけは同意を示す。祈りを寄せる相手に似た少女の言葉を…否定したくなかった。
 少女は、そろそろ戻らないと、と呟いて、籠の中に刺繍された布と裁縫セットを放り込む。それらを抱えて、立ち上がった。小柄な少女なので立ち上がっても、視線は遠い。それでも彼女は自分を見上げ、
「ワールウィンドさんの分も、作ります。出来上がったら、踊る孔雀亭経由で届けます。」
 失礼します、とそう言って、彼女はふいっと踵を返した。そのスカートの裾が揺れるのを見つつ、
 …ああ、照れてるのか、とワンテンポ遅れて気づく。
「…、エトワール!」
 慌てて名前を呼ぶと、彼女は肩を跳ね上げた。そして、おずおずと振り返る。やっぱり照れていたらしく赤くなっている少女に、『王宮』仕込みの礼をする。
「…気遣いに、感謝を。」
 そう告げて顔を上げると、少女は耳まで染めていた。…失礼します!とぶっきらぼうに言って、走っていってしまう。それを優しい気持ちと苦笑で見送ってから一息ついて、遠くに見える世界樹を見上げた。
「…でも、ごめん。そのお守りは受け取れないよ。」
 背にした荷物…彼の本来の「武器」を包んだ荷物を担ぎ直して、気球艇の発着場へと向かい出す。これから、金剛獣ノ岩窟に向かい…、何としても「巨人の心臓」を手にいれる。
 そのために、10年。そのための、この街の人間の信頼。そのために、巫女を連れて岩窟に向かったし、そのために巫女の力でイクサビトを癒してもらった。…そのために、主を手厚く葬ってくれたイクサビトを裏切るし、胡散臭い自分の話を信じて付いてきてくれた巫女も利用するし、気さくで善良な辺境伯も謀る。そして、正義感の強い城塞騎士の少女が率いるギルド『ゼイトゥーン』も裏切って、あの赤毛の印術師の少女の祈りに耳を貸さない。
 嫌な役だな、と乾いた笑いで呟いた。それでも、発着場へと歩き出す。そうして、銀峰の向こう…雲の上の大地にある故国に帰る。
 首飾りに触れた。故国に帰ったら、これをお返ししよう。そして、陛下に仕えるはずだった分まで、殿下に仕えよう。きっと苦労されているだろう。祈りでは、その苦しさは救えない。だから…、何があっても戻るのだ。
 祈りは無駄なことではない。だが、無力なのではないか…と思う。やっぱり、そう思うのだ。自分がここで祈ったところで、故国が救われるはずもない。
 …そう言ったら、あの子はなんと答えただろうか。
 ふと、そんなことが気になって、歩みを止めて振り返った。走っていった少女の姿は当然見えない。反論してくれただろうか。それとも、受け入れてしまうのだろうか。それでも、お守りを作ってあげる、と言ってくれるのだろうか。
「…そうだなあ。」
 首飾りを弄びながら、ありえない未来を思う。…それも、人間にしか出来ない大切なことだと、あの少女は言うのだろうか?
「…それでも、もし、許してくれるなら。俺の武器にルーンを刻んで貰おう。」
 背中の荷物を担ぎながら、呟いた。あの子の祈りを乗せながら撃てばきっと無敵なんだろうな、とせめて明るく呟いて、
 ローゲルとして故国への帰還の道と、
 ワールウィンドとして裏切りに続く道を、
 ―― 一歩、踏み出した。


〈 終わり 〉

---------------あとがきのようなもの------------------

作中のルーン文字については、
「ルーン文字 古代ヨーロッパの魔術文字」
(ポール・ジョンソン著、藤田優里子訳、創元社)を参考にしています。


井藤さんに「ルン子本になんか書かない?」と聞かれて引き受けたのに、
「ワーさんの首飾りって結局なんだったのさ!?」という思いをぶつけ、
ルン子本なのにワールウィンドの視点というテーマ詐欺な話となりました。

なお、志水は、首飾りは皇子が陛下に渡したお守り、ということにしています。
理由は「その方が萌えるから」です。


なお、
エトの「先生」は25年後のアヴィーですが、「パパ」については黙秘します。

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