まよらなブログ

40章5話。

「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。


更新不定期が続いていて申し訳ありません。

今回の話は、ずっと書きたいと思ってた話なんですが、
うまくまとめられなかったなあ……と反省しております。
でも、なんとなく、伝えたいことは伝わるんじゃないか、と。

そんな風に、甘えてちゃいけないんでしょうけどねえ……




それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。


40章5話
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「……僕のやっていることは、無駄なことなんでしょうか?」
 フィニック家の居間で、アヴィーはぽつりと漏らした。お茶を淹れていたマリアは、まあ!と感嘆の声を上げた。
「アヴィーくんがそんなことを言うなんて、想像してなかったわねえ。」
 それは単純な驚きだったが、だからこそ軽かった。アヴィーはきゅっと唇を噛みしめてから、マリアを見る。マリアはティーカップを差し出しながら、何故かにこにこしていた。
「マルカブさんが聞いたら、喜ぶんじゃないかしら。」
「……何でですか?」
「キミが、立ち止まることを覚えたからよ。まあ、先にキミの元気がないことを心配して、そんなことには気が付かないでしょうけど。」
 とマリアは言いながら、自分のカップを口に運び一口だけ茶をすする。そしてカップを降ろしてから、傍らのゆりかごを軽く揺らした。中ではドルチェがとろとろと眠りに落ち掛けている。
「何がキミを立ち止まらせたのか、教えてくれるかしら?」
 ゆったり揺れるゆりかごをぼんやりと見つめていたアヴィーは、その質問に我に返った。少し、考えるだけの間を空けてから、
「……良かれ、と思って樹海を進んでいることが、誰かを悲しませているんです。」
「そう…、…なんだ。」
 マリアは珍しく…言い淀んでから、
「それは……誰かのためになることが他の誰かの犠牲で成り立つ…と言うことかしら?」
「…そうなのかもしれません。でも、その他の誰かっていうのが……」
 アヴィーは眉を寄せてから、
「オリヒメや、『アルゴー』自身なんです。」
「オリヒメちゃんがもっとも辛い目に遭うのね?」
「もう、遭ってるんです。」
「……アヴィーくんは、それを放ってきたの?」
「…そうなるのかもしれません。そんなの良くないって分かってます。マルカブならこんなこと絶対にしないし、そんな僕のことを叱るって分かってて僕は港に行ってしまったんです。」
「まあ、キミとマルカブさんは似てるところもあるけど、別人だしね。」
 マリアも、少し考える間を開けてから、やはり珍しく言い淀みながら尋ねるのだ。
「……これは、私の……古傷を私がまだ気にしているから…、聞くことかもしれないけど…。」
「はい?」
「その迷い…?は、樹海の秘密や…この前、持ってきた採集物に関係すること?」
 アヴィーは顔を上げて、マリアを見た。マリアは「そうなのね。」と呟いた。
「…汚染に関することかしら?」
「マリアさんは、1000年前のことを知ってるんですか?」
「エトリアの世界樹はね、1000年前の汚染を浄化するために作られたものなの。」
 マリアがさらりと故郷の秘密を暴露したが、アヴィーはあまり驚かなかった。マリアは溜息を吐いて、
「私たちも…つまりシルンさんもってことだけど、1000年前に止められてしまった時間を先に進めようとする中で、犠牲にしてしまった命がある。……それも、沢山ね。だから、シルンさんもハルくんもリュカさんもあの街に残って、私たちはあの街を出たわけだけど。」
「1000年も1人で戦っていた人がいたって…シルンは言ってました。立派だったその人が安心して眠れるように、自分もエトリアのために戦うんだって。」
「うん。シルンさんはそういう人よね。」
「ここでも1000年を戦ってきた人がいて……、その人が1000年前に救えなかったものを助けるために、オリヒメを犠牲にしようって考えてて……、もし、僕らが進まなかったら、誰かが犠牲になるようなことはならないのかな…と思うんだけど、でも、今も犠牲になってる人がいて……」
「どうしていいか、分からなくなったのね?」
 マリアの問いかけにアヴィーは頷いた。
「何が正しいのかもよく分からないし、僕のやってることは無意味なんじゃないかって思ったりもするんです。」
「私は、それでも無意味なことなんか無いと思ってるわ。」
「でも、何を選んでも解決が出来ない…!【魔】だって倒すことはできないって…!僕は何を選んでも何も出来ないんじゃないかって…!」
「『あなた』は何も成せないかもしれないけど、『あなたではない誰か』が成すことだってあるもの。」
 それはとても冷たい内容に感じられ、アヴィーは奥歯を噛んだ。マリアは、怒らせたのならごめんなさいね、と言いながら悪いことをしたとは感じていないようだった。
 彼女はソファの傍らに置かれた分厚い本を、アヴィーに差し出した。
「フェイデンに送られてきた本なんだけど。」
 アヴィーは訝しげに表紙を見る。薬学の本だった。マリアがさらに差し出してくるので、渋々と受け取りパラパラとページをめくる。薬草に関する本のようだ。
「…これが?」
「引用文献一覧を開いて。」
 マリアが淡々と伝え、アヴィーは本を裏表紙から開いた。マリアは「Fの欄を見てくれる?」と言い、アヴィーは引用文献一覧のF…つまり、イニシャルがFである著者の名前を見る。
「……あれ、フェイデンさん…?」
 そこには、フェイデン(フェイデンのFではなく、フィニックのFだが)の名前が並んでいる。
「あの人、あれで植物学者なのよ。」
「それは知ってますけど……」
「分類学が専門で、植物を集めて分類したり名前をつけたりしてるわけだけど…、そんなの何の役に立つんだって言われたら、種類なんかを分類してどうなるんだって、言われたら、それはある意味その通りなのよね。それよりも、その植物が食べれるかとか、薬になるかとか、いつ花が咲くかとか、どんな風に役にたつかっていうのが重要だって言われたら、ある意味ではその通りなのよ。フェイデンだってぼんやり笑いながら『そうだなあ』って言うのよ。嫌になっちゃうわ。私の旦那様の研究を掴まえておいて、役に立たない、なんて。」
「……ええっと…。」
「無駄なことも無意味なことも、何もないはずなのよ。私たち科学者は、それをよく分かっているはずなのよ。」
 マリアは身を乗り出し、引用文献のFの欄を指で一撫でした。そこにいるのは大切な夫であり尊敬する学者の1人でありこの世を究明しようとする同志なのだと、その指先一つで言い切った。
「フェイデンが、植物を集めて名前をつけてたから、この本を書くのに必要な前提ができたの。彼が、標本を作って種を保管してなかったら、この本に書かれている成分が抽出できなかったの。彼が、植物を分類してなかったら、同じ科や属の植物からその成分を抽出しようという試みはなされなかったの。」
 フェイデンの研究があったからこの薬学の本が生まれてきたのよ、とマリアは言い、
「その成分が人が飲める薬になるまでは、まだまだ実験は必要だけど、そんなの、この本を読む科学者が確かめていくことよ。そのときは、この本がその研究の引用文献になるわけね。そうやって、科学者は研究を重ねていく。願いながら。私たちの研究がいつか誰かの研究を支えることを。信じながら。誰かが必ず研究を次の段階へ押し上げることを。そして、研究の連鎖が永遠に続いた先の、」
 世界が変わる瞬間を。―― そう囁いて、マリアは息を吐いた。
「エトリアの前執政院長も科学者だったわ。その研究を、今を生きる人たちが受け取って、あの街は守られた。その意志を、今を戦う人が受け取って、あの街は守られている。私たちは、その願いを受け取って、この世界の浄化の行方を見守っている。執政院長も、誰かの研究や意志や願いを受け取ってきたのでしょう。だって、誰かを幸せにしたいと願う、本物の科学者だったから。」
 アヴィーは、ふと、ヤライはどうなのか、と考えた。あの人も、科学者のようだ。誰かを幸せにしたいと願って……、何を受け取り、何を研究し…、そして…、
「……オリヒメの先生も…、何かを渡そうとしていたのかな。」
 アヴィーの呟きに、マリアは少し首を傾げ、
「オリヒメちゃんに?」
「あ、いえ。ええっと…、オリヒメの先生は前の執政院長さんと知り合いらしくて、」
「あら、その人もコールドスリープを使ったのかしら。……ああ、ごめんなさいね。続けて?」
「…ええっと、前の執政院長さんが、マリアさんやシルンや他の誰かに渡したものがあるなら……、オリヒメの先生は、何を渡そうとするんだろうって。」
 アヴィーは少し考えて、
「僕らを、代わりにした後で…、誰かに何かを、渡そうとするのかな。」
「……1000年生きようなんて、とんでもない決意よ。」
 マリアは静かに伝えた。
「1000年前の科学者は、私たちなんかよりずっと頭がいい人たちよ。その人たちが、1000年を生きる孤独を予測できないはずがない。なのに、それを決断した。孤独の中でさえ研究を重ね、あの街と世界を救える人にそれを渡した。」
 自分の故郷は多くの人の戦いを基盤にして平和に今も続いている、とアヴィーは理解した。このアーモロードも1000年前から続く戦いを基盤にして、今も平和に続いている。明日にはそれが揺らぐかもしれないが…しかし、今まで平和に続いている。深都とともに、平和に続こうとしている。
「その、オリヒメちゃんの先生がどんな人なのかは知らないけど…、…ヴィズルさんと同じような科学者だったのなら、」
 マリアはアヴィーを見た。
「私は、信じたいな。今、見えている目的と犠牲の先を、その人は見ているって。」
「犠牲の先も……」
 アヴィーは呟いた。自分たちが犠牲になるとして…、いや、犠牲にもならずに【魔】に…、【魔】にすら辿り着けず樹海の魔物に倒されるかもしれない中で、…その『自分たちが倒された先』のことを考えているのだとしたら……
「そして…、」
 マリアは少しだけ微笑んだ。
「私は、キミのことも信じてみたいな。キミも、誰かから何かを受け取って、そして研究して、それを何かに渡す。そんな科学者になるんだって。」
「……僕が…」
「星詠みは科学でしょ。占いじゃない。それは、キミがよく分かってるはず。」
「僕、は、」
 アヴィーは自分の手を見つめ、そして一度握ってみた。自分は、何を受け取って、何をやって、何を渡せるのか。何を受け取ったのか…、
 ―― この手は、何を与えられたのか。
 ふと……、アヴィーはランプの灯りを反射する琥珀色の液体を思い出した。初めて飲む酒は楽しい気分で飲め、と言われた夜を思い出した。あのとき自分は何を言い、そして何を言ってもらえたかを思い出す。ずっと後になって、その約束が果たせない、と謝られたことも。彼が約束を絶対に忘れないから、自分は独りにならないことも。
 アヴィーは、自分の頭に触れた。カリーナが同じように自分の頭に触れて自分を奮い立たせたことも、今もそうして奮い立たせていることも、アヴィーは知らなかったが。
 ……しかし、彼も自分自身の頭を撫でる仕草をして、そして、立ち上がった。それがキミが受け取ったものよね、とマリアは微笑を浮かべる。
「その仕草がこんなときにキミを立たせることになるなんて、思ってもいなかったでしょうね。」
「はい。…でも…、こういうことなんでしょうね。」
 そうね、とマリアは息を吐いた。
「キミや私がたどり着けなくても、キミや私が今まで成したことは無駄じゃない。子どもの頭を撫でるような小さなことであっても、無駄じゃない。それに想いが込められている限り、誰かが受け取って必ず先に進むから。」
 アヴィーは頷き、
「ありがとうございました!僕、オリヒメのところに帰ります!」
 そう言って、駆けだした。


*****


「オリヒメ!」
 宿の部屋に鍵をかけていたわけでもないので、扉はノックもされずに開いた。ベッドに仰向けになり天井をぼうっと眺めていたオリヒメは、慌てて起きあがった。
「ア…アヴィー…。…す…、すみません…。ご心配を、おかけして…」
「いいんだよ!心配するのは当然だもの!」
 アヴィーはそう言って、ずかずか!と中に入ってくる。セルファが「アヴィー、不躾ですよ。」と廊下からオロオロと声をかけているのが見えた。
 だが、アヴィーはオリヒメの前まで歩いていき、少しだけ身を屈め…、ベッドに座るオリヒメと目線を合わせた。この仕草は誰かに似てる、とオリヒメは思う。窓の外から部屋を覗き込んでいるスハイルだけが、マルカブがアヴィーに語りかけるときと全く同じ屈み方だと気が付いた。
「オリヒメ、僕が今から言うことを、よく聞いて。怒るなら、怒ってもいい。泣くなら泣いて。でも、僕は君に約束したいんだ。そして、それを忘れないでいたいんだ。」
 ……もし。もし、科学者の研究が。誰かの意志や願いを受け取ったものなら。それが重なって、誰かを、世界を、幸せにする時がくるのなら。そうなってほしいと願うなら。そうなることを信じるなら。
 僕の今までの冒険を…、この『アルゴー』で自分に与えられたものを、重ねて、今、オリヒメに受け渡そう。そこから、オリヒメが何かに辿り着くと願って、信じて。
「僕は【魔】の餌になるつもりはないけど、餌にならないっていう約束はできない。僕はオリヒメを守りたいけど、守りきれるかは分からない。でも、僕は逃げ出したくない。僕が『負けた』ら、誰かが僕らが『負けた』ことを生かして、樹海や【魔】に『勝って』くれるかもしれないけど、逃げたらこれから【魔】と戦う人が、僕らと同じ目に遭うだけだから。だから、もし僕が【魔】に負けたとしても、僕の戦いがいつか誰かが【魔】に勝つための足場になるように、僕は【魔】と戦いたい!」
 ミツナミが「負ける前提の話ですぅ。」と廊下から部屋を覗きながら呟いたが、話を止める気はないようだった。声を聞いたのかレグルスがやってきて、同じように部屋をのぞき込む。スハイルに至っては、もう大丈夫、と確信したようで、窓の外で翼の毛繕いを始めた。
「でもね、オリヒメが、そんなこと言われても自分は辛さは変わらないって、怒ったとしても当たり前だと思う。だから、怒っても泣いてもいい。僕はそれに対して怒ったりしないよ。」
 でもね、とアヴィーは手を差し出した。
「オリヒメ!僕は、君を守れないかもしれない!でも、もし【魔】の餌になったときも、魔物に負けたときも、僕も一緒にいる!それだけは、約束する!何があっても、オリヒメだけに辛い思いはさせないよ!」
 アヴィーの言い分は……、勝手だろう。ある人たちには、きっと勝手に映るだろう。だが、オリヒメにとってはどうなのか。彼女は、一緒にいると宣言した少年の手を見つめた。少年の手は、女の手とは異なっていた。いつか男の手になる長さと厚さが見て取れた。自分とは違う手が、差し伸べられている。独りにさせないと宣言しながら、その宣言を忘れないでいたい、と言いながら。
「もう一度、お願いするよ!僕と一緒に戦って!」
 それこそ、彼女が先ほど失って、今こそ与えられようとしている希望だったから。
 オリヒメは、涙を一瞬で溢れさせて、
「……はいっ…!」
 彼女と自分自身を独りにさせまいとする、その手を取った。


(40章5話に続く)

---------------あとがきのようなもの------------------

途中でアヴィーが思い出しているシーンは13章4・5話ですね。うわあ、3年以上前の話だー。


今回書いた引用文献の話は書くぞ!とずっと前から決めてました。
論文は、引用文献にこそ浪漫があると思う。

なお「結果が出ない」という結果でも、
「その研究があることで、次の人が同じ方法を採らなくて済むから、立派な結果」
と大学時代の先生が教えてくれたことが下敷きになってます。
研究の世界に対して、こう言ってくれる人が増えてほしいと思ってます。


次回は、一週お休みをいただきまして、
プロローグシリーズを更新した後に41章に入ります。よろしくお願いします。

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