まよらなブログ

プロローグ7


「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。

本日は、プロローグシリーズの更新です。
他の世界樹シリーズの設定も入れ込んでいるので分かりにくいかもしれません。


それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。




プロローグ7:「『 90億の神の御名 』を呼んでも、私は救われない。」
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 100年先の人々の幸福のために、研究を重ねることが研究者の本懐だ。
 そう、ヤライは信じてはいる。それは、星のようなものだ。かつて放たれた光が、遠い今になって届くのだから。
 ヤライは、星も見えない空の下で何を考えているのか、と苦笑を浮かべた。手には皮のケースがある。試作品だが、試してみる価値もあるだろう。今、あの疫病神を枯らせるとは思えないが、研究を重ねれば、いつか枯らすことも出来るだろう。それが、1000年後であったとしてもだ。
 ヤライは、事態は好転している、と言えなかった。……実際、【世界樹計画】に参加していて、そう思っている人間がどれだけいるのだろうか。見ない振りをしているか、…今さえ生きられればいいと考えているのか、……今さえ生きていることがすでに奇跡なのだと考えているのか、分からないが。
 【世界樹計画】の参加者たちは、アーヴィング博士の警告を聞いておけば良かった、と口にはしなかったが、そう思っているのかもしれない。もっとも、ヤライもその一人だったので非難はできなかった。ただ、ただ、心臓の側で後悔が心筋を掴む。いっそ心臓が止まってしまえばいいと思うほど、強く。
 大地の浄化は進んでいるが、世界の半分は更なる汚染と呪いに蝕まれ、その汚染と呪いを広げないために世界の西半分は封じられた。その封じられた世界の半分側には、大地を再生し文明を復興させようと気概に満ちた人物たちが多く派遣されていた。その立場の異なる人々をまとめるために、国家を超えた組織を率いた経験と実務能力を持ったヤワン将軍がその地には派遣されており、彼の部下たちも多くいた。それは、国際紛争の中で(実情はともあれ)平和維持を使命としてきた人々だ。その人々が失われ、【世界樹計画】に残っているのは、研究者とスポンサーとしての元・国家の特権階級の人間だ。その研究者もスポンサーたちも徐々にいなくなっっている。実直すぎるが優秀だった弟子にして部下は、研究以外の記憶をほとんど喪い今は【世界樹】の傀儡だ。音楽について語り合えた遺伝子工学者は、【箱舟計画】の一員として今は空飛ぶ城にいる。スポンサーたちも、いつまた汚染が溢れるか分からない大地を恐怖し、【箱舟計画】を支持して空飛ぶ城へと避難した。自分のプロジェクトが他のプロジェクトによって潰されることは、別に珍しいことでもない。長く研究者をしていれば、そんなことはよくあることだ。ただ、自分が参加しているプロジェクトを自分が信じられないことは、孫もいる程度には生きてきた身でありながら、初めてだった。
 この【世界樹計画】を信じることが出来ない。…浄化は正しい。今のままでは大地は汚染され、この星は死に絶える。ヴィズルの信念も支持できる。ただ……、頼った手段を信じられない。
 そもそも、あの、地球外生命体が、この地に、降りてこなければ、少なくとも、移民船は、いずれどこかの、星にたどり着き…、そこで人々は、暮らし始めたのだ。
 ヤライは、足と思考と引きずりながら、愛弟子が【世界樹】と名付けた地球外生命体に近づいた。耳鳴りがするのは、おそらく【世界樹】が何らかの『言葉』を発しているからだろう。だが、イブン・ガジも使ってないので、それは言葉として聞こえない。言葉として聞かないために、イブン・ガジを使っていない。
 ヤライは皮のケースを開けた。中には試験管と注射器。試験管には薬剤が入っている。ヴァレンディア女史の残した世界樹クローン体の研究(【箱舟計画】へと移った彼女が研究を遺していったのは、せめての罪滅ぼしなのかもしれないが)を元に、【世界樹】の組成を調べた。そして、それを『枯らす』ための薬剤を作った。
 耳鳴りが酷くなったが、ヤライは無表情に注射器に針を取り付ける。急ごう。【世界樹】はグンターを呼ぶだろう。グンターは師のことは覚えているが、彼から感じられた自分に対する親しみはもう感じられない。グンターは容赦なくこの薬剤を奪い取るだろうし、【世界樹】が必要だと考えたら自分のことも殺せるだろう。しかし、自分は愛弟子に…かつての愛弟子に親しさを感じている。自分は愛弟子を殺せない。
 耳鳴りが、酷くなり、視界が急に回った。三半規管をやられたのかと思ったが、こめかみのあたりに熱い鈍痛を感じた。痛みより転倒を先に認識するなんて、自分の感覚は麻痺している、とヤライは冷静に……しかし、現実感もなく思考した。
 地面に転び、誰かが背中に乗り上がるようにして腕を掴む。皮のケースごと薬剤を取り上げられ、腕を捻りあげられた。その容赦のない力には覚えがあった。自分の腕を捻りあげ、ケースを取り上げた人物が溜息のように人の名を呼んだ。
「…ヴィズル、これを。」
 そして、ケースをその人物に放り投げる。おそらく、受け取ったのだろう。割れる音はしなかった。
「…残念だ。」
 と、ケースを受け取った人物は呟いた。
「……君に協力をしたのはツスクルだね?」
 彼が残念と考えていることは、ヤライが【世界樹】を滅ぼそうとしたことではなく、自分の部下が自分の言いつけを守らなかったことらしい。ヤライの背中の上で、固い声が上がった。
「いや、私の監督不足だ。ツスクルだけの責任では…」
「君は、彼女には甘いな、レン。」
 それは柔らかい口調で、彼……ヴィズルが、レンとツスクルに甘いことも同時に把握できた。ヴィズルは息を吐き、離してやりさない、とレンに命じた。すぐに腕は離され、背中から人が退く。手は差し出されなかったが、ヤライは起きあがった。そして、ケースの中の薬剤を眺めているヴィズルを見た。
「【世界樹】をどうするつもりだったのかね?ヤライ博士。」
「殺すつもりだった。」
 そうか、とヴィズルは息を吐き、
「なぜ?」
「私は、事態が好転しているとは考えていない。悪化しているとさえ考えている。」
「奇遇だな、私もだよ。」
「その全ての元凶は、この木と【魔】だ。」
「汚染と『それら』は別の問題だが。」
「一層の汚染を西の地区にもたらしたのは、『これら』だ。」
 ヤライは【世界樹】を見上げ、
「汚染が浄化されても、いつか別の災厄が起こる。そんな予測も立っているそうじゃないか。」
「アーヴィング博士の計算か。それもツスクルから聞いたのかな。」
 ヴィズルはケースを閉じ、手の中でケースを回した。薬剤の入った試験管を割るつもりか、と思ったが、それにしては意志がない。落ちて割れるならそれも良し、落ちずに割れないならそれも良し。そんな様子だった。
「ならば、せめて、今、浄化で良しとしよう。少なくとも30年、この地の寿命は伸びた。…それで良しとしよう。」
「それだけでも奇跡だからな。私たちも30年後には生きていないだろうし。」
 ヴィズルはちらりと、レンを見た。彼女はヤライの動きに注意を向けているため、ヴィズルの視線の動きには気がついていなかった。
 ……私たちは30年後には生きていない。だが、彼女は生きている。そんな視線の動きだった。
「…30年後にこの星が死に絶えるのなら、いずれの災厄で死に絶えても、私は一緒なのではないかと思うのだがね。」
 と、ヴィズルは言う。ヤライも分かっている。自分の話に矛盾が生じていることも。
 少しの沈黙の後、ヴィズルは吐き捨てるように言った。
「……問題の先送りだということも、分かっている。」
 そして、再びの沈黙の後、彼は決意を表した。
「だから、先送りにした未来への責任も、私は負うことにした。」
 我々に決定的に足りないものは時間だ、とヴィズルは口にした。
「時間だ。そして、志を継いでくれる誰か。我々には、それが欠けている。…ならば、その時間が足りるまで、私は生きることにした。」
「…コールドスリープで未来に飛ぶつもりか?」
「……『聖杯計画』を知っているかね。」
 不意な質問に、ヤライは眉を寄せた。以前から極秘裏に進められていた人体改造研究だ、とヴィズルは淡々と述べた。
「上手くいけば、不死にもなりうる研究だ。今でも、極秘裏に進められている。【箱舟計画】の空飛ぶ城の中で。」
「……それが、何だというのだ?」
「ヴァレンディア女史の研究はその中核を成すらしい。女史は箱舟に上がる前に、私に研究を公開してくれてね。その技術と、…世界樹クローンの細胞を使い、私は不死とも考えられる時間を生きることにした。」
 時間がないなら作ればいい、とヴィズルは口にする。ヤライはヴィズルの狂気を疑ったが、彼はただ静かに現実を見ていた。…現実だけを、見ていた。
「そして私はこの大地の浄化を見届けよう。そして、第一クローン体と同様の事故を防ぐための研究を重ねるつもりだ。いつか、【魔】を葬り、そのいけ好かない【世界樹】をこの星から追い出すために、研究を重ねよう。」
 この薬剤もいつか本当に【世界樹】を枯らすものになるだろう、と皮のケースを掲げてヴィズルは宣言した。
「問題の先送り?時間稼ぎ?―― 結構ではないか。今はそれしかできないのなら。時間を稼ぎながら努力を怠らない。それしかできないのなら、そうすべきではないか。そのためであれば、私は、悪魔にも【世界樹】にも魂も売ろう。時間はないのだ。どれほどの星霜を重ねても、矢のように過ぎていくだろうよ。」
 本気か?とヤライは問おうとして、やめた。本気だ。狂っている、と呟こうとして、それもやめた。彼は正常だった。この状態で正常だからこそ狂っているとしたら、もうこの大地には真っ当な思考の持ち主などいまい。愚かだ、と呟こうとしたが、それを呟く資格は自分にはない。
 だから、問う。
「……その孤独に、耐えるというのか?」
 ヴィズルは、深く長く息を吐き出してから、
「……妻が、死んだ。」
 そう、一言。その場に置くように、淡々と口にした。レンがわずかに視線を落とした。ヤライだけが、驚きで口を開けた。ヴィズルの妻も研究者だ。【世界樹計画】の主たる協力者だった。
「妻だけではない。大地の浄化は成されているが、今まで我々の体に溜まった毒素まで分解はできない。東京の研究所では、多くの同志を喪ったのだ。」
 ヴィズルは黙祷するように目を閉じて……、そして開けた。
「今後1000年の孤独など、今の孤独に及びもしない。」
「…君は、自棄になっているのだ。」
 覚悟を決めた男の目を見ながら、ヤライはその覚悟にまったく及びもしない一言を投げかけた。水すら差せない一言だとは、ヤライも自覚していた。
 ヴィズルは、そうだな、と笑ってから、
「だが、私も出来れば孤独は避けたい。一人で、この大地を管理できるとは思えない。その【世界樹】を守りつつも見張り、同時に浄化をコントロールすることは不可能だ。」
 だから、と彼は手を差し出した。
「ヤライ博士。ご協力を。」
「…私にも、その年月を生きろと?」
「あなたにとっても悪い話ではないと思うが。あなたのお孫さんが救える方法に、『生きてる』間に辿りつけるか?」
 ヴィズルはそう言ってのけたが、笑みも浮かべていない。真剣だ。そして真剣そのもので、ヤライの孫をも案じていた。
「私の妻は死んでしまったが、―― あなたの孫は生きている。」
 その一言に、……ヤライの中で何かが折れた。同時に、何かが定まった。
 容赦のない、それでいて甘い一言だった。ヤライは顔を片手で覆った。福音のような悪魔の囁きだ、と呻くように呟きながら、
「メフィストフェレスは、あの地球外生命体だけだと思っていたのだが…」
 ヤライは顔を覆った手を下ろし、ヴィズルを見た。
「……貴方も、か。」
 ヴィズルは頷きもせず身じろぎもせず、視線だけで、己の提案が悪魔の囁きであることを肯定した。そして、ゆっくりと手を差し出した。
「では…、ファウスト博士?返事を聞かせていただこう。」
 ヤライは、は…っと息を吐いた。息を吐くように、短く笑った。苦笑のようで自嘲のようで溜息のようでもあった。そして、皮肉のように戯曲の台詞を口にした。
「『時よ、止まれ。汝は美しい』……か。」
 その言葉を口にしたら悪魔との契約が履行されることを知っているヴィズルは、それを返事として受け取り頷いた。ヤライは、ああ、と溜息を吐き、
「……祈ってくれるグレートヒェンもいないのに。」
 と己は愚かだと呟いて、しかしヴィズルの方へ一歩踏み出す。ヴィズルは首を振った。
「あらすじをよく思い出していただけるか、ヤライ博士。ファウストがグレートヒェンに出会うのは、メフィストフェレスと契約を交わしてからだ。」
 慰めだったのか、ただの指摘だったのか。いずれにせよ、無粋だった。そこに何の救いも感じられないヤライは、肩を落とした。
「……なるほど。そして、我々は彼女に罪を犯すわけだ。」
 どれだけ犠牲を強いるのか。そんな行く先を予告するようだ、と。肩を落とした。握手だけは、しなかった。それは精一杯の抵抗だった。



(プロローグ8に続く)

---------------あとがきのようなもの------------------


「ファウスト」の引用をすることは決めていたのに、結局、ゲーテを読まなくて心苦しい。


以下で解説が要りそうなところの解説をしますが
今回はマイ設定が多いので、ネタの一つだと思ってもらえれば。


・タイトルの「90億の神の御名」
 クラークの短編から。話自体も好きですが、
 「クラークに、この話を読んだ、とダライ・ラマから手紙があった」後日談オチが最高に好きです。

・【聖杯計画】とは…
 これは志水の造語です。なんでも「計画」って付けりゃいいもんじゃない。
 世界樹2(新世界樹2含む)の設定を引っ張って使ってます。汚染が酷くなる以前から、「治癒」の研究として連綿と続いている計画ですが、汚染以降は環境を浄化するのではなく人間を汚染に耐えられるように改造するという発想になり、世界樹4のイクサビト・ウロビト(及びホロウ)はこの研究の副産物で出来上がったということにこの話の中ではなってます。そしてこの研究が世界樹2の上帝関連のあれやこれ、新世界樹2のデミファフニールに繋がっていく…と私の中ではそういうことになってます。


・ヴァレンディア女史と新世界樹2の関連について
 いろいろあって【箱舟計画】のために空飛ぶ城に移っています。
 研究データは持って行かなかったのでヤライもヴィズルもそれを見ることが可能です。
 彼女は、同僚の研究者(のちの上帝)のことが心配で【箱舟計画】に行ったことに、この話の上ではなっているのですが、グンターが己の記憶を【世界樹】に食わせたことを知り、若い研究者を犠牲にしてしまった後悔と、己は箱舟に逃げたのではないかという恥辱から思考が狂っていき、「生命力を強化した者を餌として差し出すことで、【魔】が餌を求めて動かないようにその場に留める」ための研究を開始。後に箱舟の真下にある世界樹第三クローン(ハイラガの世界樹)も汚染物質を内部にため込み、【禍】と呼ぶ生き物を生み出していることが発覚。その【禍】が餌を求めて活動を開始しないように、己を【黒の護り手】として改造。二人の娘とともに大地に降りる…というつもりでいます。そして箱舟のリーダーとなっていた同僚(のちの上帝)と決別。その際、「スタンド・バイ・ミー」の曲が絡むエピソードがあって、そこまでぼんやりと書きたかったのですが、ヤライとヴィズルのやりとりで字数がかかってしまい、がっさり削りました。

・世界樹1ネタ
 「ヴィズルの奥さんは亡くなっている」という設定だけどうにか入れ込みました。
 軟禁されほとんど食事をとらないヤライにツスクルが栄養剤を持ってきていて、
 それを「のちのツスクル汁である」ってここ(あとがき)に書こうかと思ってたんですが、
 それを削ったことが悔やまれてなりません。


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