まよらなブログ

42章2話。


「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。

先週はお休みして申し訳ありませんでした。
2話分、更新したかったのですが間に合わず、
今週は1話分の更新です。



それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。


42章2話
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 巨大な移民船の周囲を、ぐるり、と回るように道は続いている。『アルゴー』は先へと歩みを進めながら、魔物と戦いながら、夢を見させられているような現実感のない感覚を味わっていた。
 歩みを進め、時折現れる蛸足の魔物(おそらく、世界樹の根から逃れることのできた【魔】の足の一部だろう)を追いながら、脳裏には別の情景が浮かぶのだ。おそらくは【魔】によって、過去に起きた苦痛と思える記憶を呼び起こされているのだろう。今、ここで見ている風景と、記憶の中の情景を同時に見せられて、頭を振って今の風景だけを見ようとする。記憶の情景を頭の片隅にやって、先へ進む。スハイルが必死に「ホウホウ」と低く鳴いている。催眠の術を『アルゴー』にかけて、頭の回転を鈍られることで、記憶の中の情景を不確かなものにしていく。曖昧さとあり得なさで、呼び起こされる記憶を「白昼夢のようなもの」と思うことも出来た。かつて見た情景そのものを鮮明に思い出してしまったら、その時の恐怖が再び襲ってきて、きっと歩みを進めることも出来ない。
 今、起きていることと、過去に起きたことが、綯い交ぜになっており、催眠によって思考力は低下。呼び起こされる過去の記憶は、苦痛なもので精神力を削っていく。地面は鼓動のように揺れ、呼吸のように波を打ち、歩くだけでも体力を削る。そこへ襲ってくる魔物には、もう自動的に対処する。そして、当然のように普段は負わない傷を負う。
「ぴーーーー!」
 スハイルがミツナミの耳元で鋭く鳴いて、ミツナミは我に返った。周囲を見て、魔物を切り捨てたオリヒメが腕から血を流していることに気づく。スハイルは今度はオリヒメの元に飛んでいき、甲高く鳴いたが、オリヒメはぼうっとした目で前を見て、何かを呟いている。
 脳裏に過去の記憶がよみがえってくるのを、ミツナミは必死に押し戻しながらオリヒメに駆け寄る。
「オリヒメ!腕の怪我!止血します!」
「……、怪我…なんて…」
 オリヒメはどうにか我に返り、ミツナミに自分の「怪我をしていない腕」を見せようとしたが、その腕が赤く染まっていることに気づいて、目を見開いた。視認してから、痛みがやってくる。
 オリヒメは痛みよりも情けなさで奥歯を噛み、ミツナミは何も言わせずに傷に布を当てる。止血の処置をしながら、ミツナミはスハイルに頼んだ。
「スハイル、怪我をしている人がいたら連れてきてください!」
「ぴよ!」
 スハイルは返事をし、セルファの肩に留まって耳元でまた鳴いた。セルファは頭を振り、そして痛みに気づいて、槍を杖のようにして体を支えた。ミツナミがオリヒメの処置中なので、彼女は自分で傷を診ることにした。…が、スハイルが「ぴ!」と鳴きながらその手の上に一度飛び降りて、そしてもう一度肩まで飛んできた。
「……何ですか、スハイル…」
「ぴっ!ぴうぴぴ、ぴよ!」
 スハイルは、ミツナミを待つように、と言っているようだ。セルファは息を吐き、分かりました、と頷いた。先ほどから彼女の脳裏に浮かぶ情景……、愛してもくれなかった父親が謀反の罪で捕らえられたときの記憶だが、それがどうしても頭の中から離れない。そんな状態で、自分の傷を診ようとすれば手元も狂いやすい。スハイルがそこまで見越したのかは分からないが、『アルゴー』が【魔】による精神攻撃めいたものを受けて異常な反応を見せている中で、スハイルだけは正常でいた。だから、スハイルに従うことにする。そうでなくても、もともとスハイルは勘がいい。危険なことと仲間が傷つくことには、野生の勘が異常に働く。
 【魔】が過去の記憶を思い起こさせ、『アルゴー』の気力も削っている中で、スハイルだけが正常なのはフクロウだから、という単純な理由なのだろうか…、とレグルスは思考する。あまり意味のない思考だが、必死に考えを巡らす。そうしないと、彼も脳裏から離れない情景に取り込まれてしまいそうだ。何度も浮かぶ情景は、盆に載った杯。自分が盆から毒杯でない最後の一つを選び、隣に立つ誰が選ぶときには毒杯しか残っていない。それを煽り倒れる誰かの姿が、今、目の前で起きてることのようにはっきりと目に浮かびそうになる。そうならないように、別のことを考える。いざとなれば素数を数えたって良い…とレグルスは考えた。
 レグルスが思考したように、スハイルがフクロウだから、という理由も、スハイルに【魔】の精神攻撃めいたものが効きにくい大きな要因ではあった。【魔】は人の記憶を餌にしてきたので、人の脳をいじる方が得意になっていた。しかし、もう一つの大きな要因は、恐怖を感じる記憶がスハイルには少ないこともあったのだ。生まれて一年も経っていないから、そもそも記憶の蓄積は圧倒的に少ない。記憶は、生きてきた証拠なのだから。
 そして、もう一つ、スハイルには恐怖を感じる記憶が少ない理由がある。スハイルだって恐怖を感じたことはあるし、悲しい別れも体験した。だが、彼はいつも誰かと一緒だったし、「大丈夫だ」と言ってくれる人も常にいた。恐怖を、恐怖ではない何かに変えることが出来ていた。
 スハイルは、ミツナミがやってくるまでセルファの肩に留まって、何かの歌を歌いながら彼女の長い髪を嘴で梳く真似をした。歌は子守歌のようなので、ドルチェをあやすマリアの真似でもしているのかもしれない。セルファがこっそりとため息をつくのを、レグルスは見た。そのセルファが、スハイルにだけ聞こえる声で、「子守歌なんか、歌って貰ったことがないのです。」と呟いて、スハイルは少し考えた後、
「ぴぴ!ぴぴ!」
 と、自分が歌ってあげる、と言った。セルファは表情こそ変えなかったが、ありがとうございます、と言い、ぴよぴよ歌い出すスハイルを撫でた。そうしているうちに、ミツナミがオリヒメの止血を終えたので、スハイルはミツナミを呼び、彼女がセルファの処置を始めると、ぴよぴよ鳴きながらレグルスの前にやってきた。
「ぴぴうう?ぴよー?」
 と、スハイルは心配そうにレグルスを見上げる。レグルスは膝をついて屈んで、スハイルに礼を言った。
「ありがとうございます、スハイル。セルファを慰めてくれたでしょう?」
「ぴよ!ぴぴ、ぴんぴよよ、ぴえ、ぴよぴよ!」
 スハイルは胸を張り(「僕は、女の子に胸ぐらい貸せるぴよ!」と言ってるようだ。マルカブの教育がすっかり行き届いている。)、それからレグルスを心配そうにもう一度見上げた。
「ボクは大丈夫ですよ。それより、アヴィーを、」
「ぴっ!ぴぴうう、ぴよ!」
 スハイルはきっぱりとレグルスの言葉を否定した。レグルスはアヴィーの方を見る。アヴィーは、その場に座り込んでうなだれている。表情は見えないが、気力が削られているのは分かった。星術の使用には集中力も使うし、そもそもアヴィーは気力の加減が苦手なタイプだ。常に全力で取り組んでしまう。だからこそ、戦闘中は恐怖の記憶を思い出しにくいのかもしれないが、気が緩めば一気に取り込まれてしまう。今のアヴィーが自分の記憶と最も苦戦しているはずだ、とレグルスは考えるのだが、スハイルはそれでもアヴィーよりレグルスを心配している。
 レグルスはもう一度「ボクは大丈夫」と言おうとしたが、止めた。本当に大丈夫かと問われれば、なんとなく嘘をつくような気がした。
 レグルスは、はー…と息を吐き、立ち上がった。腰を下ろしてしまったら、立ち上がれないような気がしたからだ。スハイルは、そのレグルスが伸ばした腕に飛び乗った。レグルスは声を抑えることはなかったが、スハイルだけが聞ける状態にあると考えて口にした。
「ボクはね、記憶力がいい方なんです。」
「ぴよ!」
「…でも、さっきから思い出しそうになっている記憶は、本当にぼんやりしている。ボクは意図的に忘れたのかもしれません。国ではイヤなことの方が圧倒的に多かったけれど、それでもその中でも特に…思い出したくない記憶なのでしょう。」
「ぴ…。」
「…記憶が曖昧な分、気持ち悪くて仕方がなく、誰に何が起きているのかがはっきり分からないのに、ボクの気持ちは傷ついている。記憶の内容も、曖昧である原因が分からないことも、ボクは気持ちは削られていくのですが…、」
 レグルスは溜息を吐いた。
「……何よりもボクが折れてしまいそうなことは、ボクは思い出したくない記憶を曖昧にしてしまうような、弱い人間だった、と再確認させられていることです。」
「ぴ!」
 スハイルは首を振り、少し考えてからレグルスの足元に降り立って、
「ぴよ!」
 と、彼の膝を翼でぱしぱしと叩きながら、何かを言った。
「ぴよ!」
「…何ですか?スハイル。」
「ぴよ!!」
 膝を叩き続けて、スハイルは一生懸命訴える。レグルスが、「すみません、分からなくて」と屈もうとしたときだ、
「…屈まないで。」
 と、声がした。
「……スハイルは、レグルスは立っているって、言ってるんだよ。」
 声は、少し離れたところからした。アヴィーが、げっそりとした表情ながらも顔を上げていた。スハイルは「ぴぴぃー、ぴよん!」と声を上げた。正解らしい。
「…立っているって言うより、膝を屈してないっていうのが正解かな…?スハイル。」
 アヴィーがそう聞き返すと、スハイルはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ぴぴぃー、ぴぴよぴぴよ!」
「…膝を、屈していない。」
 レグルスは呟いて、アヴィーは立ち上がった。
「まだ折れてないでしょ、レグルスは。」
 自分のことを弱い人間だって言うにはまだ早いよ、とアヴィーは言い、スハイルがぴよぴよと同意をし、レグルスは「そうですね。」と囁いた。
「僕らは、まだ折れてないよ。」
 アヴィーはもう一度そう言って、オリヒメとセルファに歩み寄る。彼女らの傷の度合いを聞いて、進むか街に戻るか決めるつもりだろう。可能な限り進もうとしている。街に戻りたいが、同時に街に戻りたくないのだろう。もし街に戻ったら、この階にもう一度踏み込むためには相当の勇気と覚悟が必要になる。その再出発時の苦悩を思えば…、一回でこの階層を後略したいのだ。
「…まだ、折れていない…ですか。」
 レグルスは、アヴィーの背を見て呟いた。その言葉は、レグルスとアヴィー自身を鼓舞したものだろう。スハイルが「ぴー…」と心配そうに鳴いた。レグルスはそのスハイルを抱き上げて、
「……『まだ』…ですか。」
 まだ、折れてない。
 その表現は正しかった。まだ、気持ちも覚悟も折れていない。削がれていくが、折れてはいない。立ち止まりそうになるが、逃げだそうとはしない。まだ、していない。どうにか己を立たせる杖は、どんどん細くなっていくが、しかし、まだ折れてはいない。
 しかし、『まだ』には、『いずれ』の可能性が内包されている。
 アヴィーはそれに気づいているのだろうか。気づかずに、そう言ったのだろうか。アヴィーらしくない言い回しだと、アヴィーは気づいているのだろうか。アヴィーは、「自分たちは折れない」と思えば、そうとしか言わない。自分が思っていること以上のことも以下のことも、アヴィーは言えない。だから、「まだ、折れていない」と言ったということは、
 アヴィーは、「いずれ心が折れるかもしれない」と思っている、ということだ。
「……アヴィーらしくない。」
 レグルスは息を吐き、天を仰いだ。アヴィーの感じているものが、不安なのか不信なのかは分からない。確かめる気にはなれなかった。その確かめる行為自体が、不安か不信を煽ると思えたからだ。どちらであっても、アヴィーの精神力は相当に削られている。
「……そうは言っても…行き着くところまで行くしかないんでしょうね…」
 レグルスは天から前を見て、呟いた。



(42章3話に続く)

---------------あとがきのようなもの------------------

私は、この話の中で最も漢前なのはスハイルだと思ってます。
なお「女の子に胸ぐらい貸せるぴよ!」は、19章4話で赤パイに言われたことを覚えている結果です。

もっと各キャラの過去の記憶を織り交ぜながら書こうとしてたんですが、
書きにくいは精神に来るわで、止めました。元気で時間のあるときに書くもんだわあ。




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