まよらなブログ

43章3話。

「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。


更新日程がまちまちで申し訳ありません。
次回はシルバーウィーク中に更新すると思います。



それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。





43章3話
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 ―― 例えば、だ。
 人は花の蜜の味を知っている。それがどのように出来るかも知っている。けれど、人間は蜜を作り出すことはできない。けれど、蜜を作り出せないことを、人はどうとも思っていない。その甘さを楽しむだけだ。
 【世界樹】と【魔】にとって、人間の感情はその蜜のようなものだ。その名前を知っている。自分たちにとって、その感情が「甘い」ことも知っている。それが何と呼ばれる感情で、どのように出来るかも知っているから、脳を操作して特定の情景を呼び起こすこともする。けれど、その感情を自分が感じることはない。自分達は感じることはないことを、どうとも思っていなかった。その甘さを楽しむだけだ。『感情』など、自分たちの食事にすぎない。
 【世界樹】にあるのは、樹木と呼ばれる生き物に似た体と思考と意志だけだ…と、【世界樹】自身も思っていた。感情…それを感じる『心』などはない。それを欠損だとは思っていない。『心』など原始的生物が持つものだ。恐怖と快楽を感じることで生存の可能性を高めるなど、生存のための『思考』ができない原始生物の方策にすぎない。
 ……と、そう思っていたのだが
 小さな体で立ち続ける少年を見て、【世界樹】は初めて『思考』でも『意志』でもないものが己の中で動いたことを確認した。この小さな少年が、得体の知れない存在に思えてきた。勝ち目のない戦いに挑んでいることを、もっとも分かっているのは少年自身のはずだ。【魔】は、彼が『エーテル』と呼ぶエネルギーを作り出せる。少年は「エーテル」を集め、流れを詠み、流れを変え、圧縮することはできても、作り出すことは出来ない。無尽蔵に作り出される『エーテル』の量とその純度の高さについて、正確に把握しているのはこの少年だろう。圧倒的な力の差を、彼は正確に認識している。その力を認識し、己に遠慮のない殺意を向けてくるヤライを前にして、しかし、膝を屈しない。
 何故、この少年は圧倒的な力の差を認識しながら折れないのだ…という疑問。折れたからこそ、深王は海の底に深都を降ろし、【魔】に近づく人間を限定した。1000年前の人々は、屈したからこそ移民船のサルベージを諦め、はるか北西の土地を封じ、世界を半分に分断した。1000年前を知っている科学者たちは、エトリアで、ハイ・ラガードで、このアーモロードで、誰かに協力を求めることもなく最小限ながら誰かを確実に犠牲にしながら、それぞれの地の【災厄】の種を封じ続けた。それらはすべて、【魔】と…そして【世界樹】を恐れたからだ。あの災厄に、圧倒的な力の差に、自分の力では太刀打ちできない現実に、人々は心を折られてきたからだ。
 しかし、この少年はそうではない。こんな人間を、自分達は知らない。【魔】も少年に得体の知れなさを感じているのか、少年からもヤライからも離れて様子を窺いだした。悪食の塊でしかない【魔】がそんな行動をとったことでも、【世界樹】は不可解さを強くする。
【少年!お前は人間なのか!?】
 【世界樹】が思わず叫ぶ。それはヤライにも意外だったようで、彼はアヴィーに向けていた刃を思わず下ろした。アヴィーは怪訝な顔をしたが、
「それ以外の何に見えるの?」
 と冷静に聞いた。スハイルが「ぴー…?」と首を傾げた後で、はっ!とした顔をして、
「ぴぴぃー!ぴぴぃー、ぴぴ ぴっよ?ぴぴ ぴっよ!?」
 アヴィーの周りを飛び回って何かを尋ねる。僕はスハイルと一緒のフクロウじゃないよ、とやっぱりアヴィーは冷静に答えるのだ。アヴィーの冷静さを見れば見るほど、【世界樹】は不可解さに陥っていく。
【…なぜ、恐れないのだ…!なぜ、戦える…!なぜ、正面から挑みにいく…!】
 アヴィーは、え?と驚いた様子を見せた。そして、少し考えてから、 
「怖いから、戦うんじゃないの?」
 と、答えるのだ。苦笑が漏れた。ヤライからだ。
「少年、君は、」
「アヴィーです。」
「そうか、アヴィー。君は、怖くなかったら戦わないのだな。」
「怖くなければ、仲良くもできるでしょう?」
 とアヴィーは答え、ヤライはとうとう笑い出した。
「よい子だ。…お前の人を見る目は悪くないな。」
 と、ヤライはオリヒメに言い、オリヒメは意外そうな顔をしてから、表情をむっとさせて、
「そうです。アヴィーはいい子なんです。ですから、斬ろうとなさらないでください。」
 と刀を師に向ける。ヤライは肩を竦め、【世界樹】に告げた。
「お前には、分かるまいな、【世界樹】。それに【魔】も。恐怖は結果としてある感情ではない。まして餌でもない。生きるための感情だ。」
 …そう。『恐怖』とは、生存のためにある感情だ。『心』が危険を知らせる警報だ。恐怖を感じることで、『恐怖』の対象に対して逃げる・戦う・避けるといった行動をとることもできる…、もしくは甲羅に潜った亀のように最小限の恐怖と危害ですむように身を縮めて固まることもできる。恐怖を避けるべく、思考をすることもあるだろう。『心』が危険を知らせた警報ならば、『恐怖』とは生きたいからこそ抱くものだ。
 アヴィーは顎に伝う汗を拭いながら、【魔】を、その奥を見つめた。
「……ねえ、【世界樹】。」
 奥を見つめながら、アヴィーは【世界樹】に問いかける。
「君は、一度も考えなかったの…?1000年、【魔】に苦しめられながらも生かされてる人達は、でも、生きているんだと。」
【……何を…】
「人間って、諦めたり満足すると結構すぐに死ねちゃうんみたいだよ。【魔】に生かされてるのはそうなんだけどさ、怖い思いから抜けられないで、それでも1000年生きてきたのはさ、諦めてないからなんじゃないの?―― それはさ、」
 アヴィーはヤライへと視線を移し、
「今の僕と同じだよ。みんな、怖いけど戦ってるんだ。…小さな女の子でさえも。」
 ヤライは、すっと表情を引き締めた。君は見せられたのか、と問いかける。アヴィーは、頷いた。
「…記憶をいろいろ見せられたときに、小さな女の子と昔の貴方を見ました。あんな小さな子が1000年、頑張ってきたんなら、僕はこの一瞬を戦えないなんて、言えない。」
 ヤライは、君は本当にいい子だな、寂しく笑い、改めて刀を構える。女の子のことは守らないとマルカブに怒られるんですよ、とアヴィーは答えた。スハイルが「ぴよ!」と同意した。
「【世界樹】、君たちにとっては食事かもしれないし、君にとっては【魔】の餌でしかないのかも知れないけどさ、…生きてるから感じるんだよ、『恐怖』って言うのは。―― 感じないのは無理だし、それこそおかしなことなんだよ。」
 そう続けたアヴィーの一言に、息を飲んだのは【世界樹】でもヤライでもなく、レグルスだった。アヴィーはずっと同じ事を言い続けているのだ、と気が付いた。真祖との戦いで、「迷いも弱音も悪いことだとは思わない」と言ったそのことを、今も違えていないのだと。
 あのときの真祖に言われたことをレグルスは思い出す。自分が真祖に言ったことも思い出す。己が進む覇道を怖れなかったら、それはもう人ではない。人でありながら必要悪の道を進むのだとしたら、方法はたった一つ。
 ―― その道を、怖れながら進むこと。それこそが正しい在り方なのだから。
「……は…っ…!」
 レグルスは思わず息を吐き出して笑った。その場の視線(【世界樹】と【魔】の視線もだ)が自分に向けられたことに、レグルスは気が付いたが、そんなことは些細なことだった。自分が視線を向けるべきは、たった一人だ。
「……アヴィーは、本当にすごいですね!」
「え?何、いきなり。」
 アヴィーはきょとんとしており、レグルスはくくっと喉の奥で笑っただけで目を強くして、後は【魔】の奥を見つめただけだった。【世界樹】と…、おそらく【魔】だけが認識したことだが、レグルスの感情の中で『恐怖』がすうっと引いていく。代わりに沸き上がるのは、戦い続けようという想いとその想いを持つ喜びだ。
 それを『希望』と呼ぶのだと、【世界樹】も【魔】も知らなかった。それは、感情だけで作られてはおらず、思考をするには不十分で、意志と呼ぶには曖昧だった。けれども、知っている。人間たちが小さくそれを抱いて生きていることを知っている。絶望の奥底でも、必ずそれを見つけることも知っている。世界樹の力で汚染を浄化できると知ったとき…、移民船をサルベージしようとしたとき…、人間たちはこの力に溢れていた。この強烈な想いに溢れていたのだ。あの小さく、卑怯で、弱い存在たちでさえも、この少年たちと同じように。
 『餌』とした認識していなかった生き物たちが、この目の前の少年たちと同じように得体の知れない生き物だったと気づいたとき、【世界樹】は声にならない叫びでもって、空気を振るわせた。耳のよいアヴィーは耳を押さえた。それ以上に聴力のいいスハイルは痛みを感じながら…、聴力以上に機微に敏感なスハイルは、【世界樹】が恐怖を抱いたのだと知る。それはつまり……
「ぴーーー!!」
 スハイルが空気の振動に負けじ、と叫んだ。【魔】の触手が己を押さえる【世界樹】の根に逆に絡みつき、その根に鉤爪を刺して中身を吸う。ヤライがぎょっとそれを見上げ、
「……、【世界樹】の感情を喰う気か…!」
 感情と言うよりも情動…もしくは衝動のようなひどく未分化な『何か』であったが、巨大な存在が強烈な感情を抱いたのだ。【魔】にとって、格好の食事だ。
 【世界樹】は恐怖を感じながら、思考した。己が【魔】に喰われるわけにはいかない。喰われるわけにはいかない!そして、あの得体の知れない生き物を矮小で弱い生き物に戻さなければ、自分の『何か』が堰を切り、自分の『思考』が崩壊してしまう。矮小で弱い生き物にもどさなければ。得体が知れないから、【魔】もさっきからあの生き物に手出しをしないのだ。そう、あれらを弱い生き物に戻せば、【魔】も自分ではなくあの生き物を餌にする。戻さなければ!
 【世界樹】は、【魔】と同様の手口をつかって、『希望』を手折ることにした。自分が知っている小さく弱く卑怯な存在の記憶を、そうではない存在たちに見せることにした。



(43章4話に続く)

---------------あとがきのようなもの------------------

「パンドラの箱」のモチーフも入れ込んでいけばよかったなあ、と今更後悔してる。

わかりにくい話だなあとは思うんですが、レグルスが感じてるとおりに、実はずっと同じ事を言ってるんだと思います。
10章の辺りと35章の辺りのテーマをもう一回繰り返していると思うんです。


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