まよらなブログ

43章4話。


「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。

更新日程がまちまちで申し訳ありません。
次回の更新日もちょっと伸びるかもしれませんが、
10月3日(土)には更新できるように頑張ります。



それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。





43章4話
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 急に視界が変わり、目の前が真っ暗になる。
 また誰かの記憶を強引に見せられているのだ、と気付いたアヴィーだが、それまでと違う違和感を感じる。今回は、なんというか、生々しい。
 最初に感じたものは、血の匂いだった。
 続いて感じたものは、なま臭さ、生暖かさ。
 それから気づいたことは、違和感だ。ただごとではない事件が起きているだろうに音がしないという違和感。
 そして、今回の生々しさの理由にに気付く。今までは、主に情景を見せられてきた。つまり、主に視覚で捉えた記憶を見せられてきた。今回は、嗅覚から入り、触覚(温度覚だ)、聴覚…と別の感覚が際立っている。
 その違和感を感じながらも、アヴィーはそれでもこんなことは無意味なのだと思った。それと同時に、視覚の記憶も見せられた。
 まず、目に入ったものは、赤だ。床から壁から天井から、一面に赤いインクがぶちまけられている。赤だ。インクじゃない。赤だ。気づかない方がいい。でも、赤とこの匂い。気づかないわけにもいかない。
 血だ。
 アヴィーは、ひゅ…と、のどの奥で悲鳴を上げた。見たこともない広い建造物の内部が、すべて血で染め上げられている。誰かの記憶であって、自分の記憶でも体験でもないことを知りながら、その情景にアヴィーは飲まれた。
(……なんだ、これ…!)
 と心で叫びながら、自分の手が何かを引きずっている感触に気づく。何かを引きずっている誰かの視界を、【世界樹】か【魔】によって見せられている。手の方を見ないようにしていた誰かは、引きずっている何かを放り投げる先も見ないようにしていて…、しかし、積まれた山は否応にも視界に入る。
 積まれているのは、死体だ。
 アヴィーは、誰かの記憶による感覚ではない自分自身の吐き気を自覚した。死体は何十……もしかしたら何百と積まれている。体の一部が無いものもある。体の一部しか無いものもある。服は着ていないが、肌の色はない。全ては赤だ。
 仕方ない、と、視界の持ち主が呟いた。食料もないんだ…と呟きを繰り返す。遺体を焼く燃料も使えない…と呟いて、
 ―― その燃料があったら自分を焼けるのに、と赤しかない天井を仰ぐ。その赤い天井の情景が、さっと動いて、今度は灰色の部屋の情景になった。
 灰色の部屋をガラス越しに見下ろす誰かの記憶だ。灰色の部屋の中心に、裸の人々が集められている。それを囲む数十人の人間の、手には風変わりで大きな銃。(アヴィーから見たら風変わりに感じる、というだけだが)アヴィーはすぐに理解した。この灰色の部屋は、後に先ほどの赤い部屋になる。
 灰色の部屋を見下ろす数人の人は、仕方がない、と呟きながら、引き金を引くように、と命じた。また場面が動き、今度は白い部屋の中。テーブルと椅子程度だが家具が置かれた、少しだけ生活感のある部屋に衣服が積まれている。出来るだけ丈夫で暖かい服を選ぼうと、人々がその衣服の山を引っ張っている。椅子に一人で座っている人がそれを見ている。それを見ながら、「何が仕方がなかったんだ!?」と立ち上がる。口減らしのために人を殺したのだとしたらその衣服まで剥ぐ必要があるのか、と激高する。数人に取り囲まれて、部屋から引きずり出されるその人は、「だったら俺たちが死ぬべきだった!」と喚いた。それを眺めることしかできないアヴィーだったが、この中に善良な人がいたことにわずかにほっとして……しかし、その視界は衣服へとすぐに移り、一心不乱に服をかき集める。自分の視界として映るものは、服の山とそれを物色する手。そして手に残る布の感触。追い剥ぎのようなことを許せないと思うアヴィー自身の気持ちとは別に、アヴィーの視界と手の感触は、追い剥ぎめいた行動をとった誰かの記憶に乗っ取られている。一瞬、視界が暗転した。今度は、先ほどの死体の山を見る記憶。死体は腐敗が始まっており、蠅が飛び回っている。あの死体を引きずった日から、数日後だろうか。
 アヴィーは目を閉じようとしたが、彼自身の目を閉じても誰かの視界は直接脳に映し出される。こんなものをよく見られるな…と視界の持ち主の神経を疑ったが、視野は死体の山を見ているのではない。死体ではなく死体の手…、左手を探している。左手の薬指に、血で塗れた結婚指輪を目敏く見つけた。抜こうと指輪を引いてみるが、抜けない。腐敗が始まり、膨張しているためだ…と考えたのはアヴィーだったのか、視界の持ち主だったのか。視界の持ち主は、持っていたナイフを抜く。それを、死体の左の薬指に当てる。アヴィーは己の見ているものを疑った。薬指は根本から切り落とされ、指輪のはまったままの指を後方に投げ落とす。広げられた布の上に、何本かの指があった。どれにも指輪がはまっている。
 指輪を、しかも結婚指輪を盗む…など、許されることじゃない。それが、死体から指を切り落として取るなんて……、
 冒涜だ!と心の中で叫ぶ。灰色の部屋に集められた人が裸だったのは、彼らが着ていた衣服を生きていく人が使うために脱がしたからだ。その行為が許されるのかは、ひとまず置いておくが、衣服を脱がされながらも結婚指輪を外すことは強要されなかったのだ。せめてそれぐらいは、とかすかに残った良心か、それとも罪悪感の埋め合わせか、…どちらにせよ、その人たちだけに最も意味のある指輪は、特別として見なされて、それだけは持って逝ってもよいと許されたのだ。
 ―― それなのに、それすらも奪っていこうとする人がいた。しかも、遺体を切り刻むという行為をとって!
【銀細工がこの世界でどれだけ役に立つかも分からないのに、だ。富を集めようと必死になっている。】
 と、頭に響く声は【世界樹】のもの。
【汚染が進み、【魔】が大地を揺らし、食料も資源も枯渇した。その中で、喰うために奪い合うこともあるだろう。生きるために殺すこともあったろう。極限状態での選択もあったろう。しかし、そうではない奪い合いも殺し合いも同じだけあったのだ。欲、と呼ばれる大罪によるものが。】
 獣にも劣る、と言う声とともに、視界が切り替わって見せられたのは巨大な舟の内部だった。今、現実のアヴィーが立っている、移民船の内部。伸びてくる【魔】の触手から隠れて身を寄せ合っている人の視界。伸びてくる触手に、叫びをあげて誰かを突き飛ばし、その誰かが触手に埋まっていくのを見る視界。逆に、突き飛ばされて目の前が触手に埋まる視界。二人の記憶が、交互にアヴィーを侵食する。
【…餌、か。言い得て妙だ。】
 と、【世界樹】の声がした。
【餌とは、動物を飼育…捕獲するために与えられる食物のこと。つまり…与える側がその食物を「餌」と呼ぶ。受け取る側にとっては、ただの食事だ。野生動物が自ら狩った食物を、『餌』とは呼ぶまい。】
「……何を、言って…」
【移民船の乗客を『食物』としたものは【魔】であっても、『餌』にしたのはお前たち人間だ。】
 ざわり、と、何かの声がする。ナゼ何故なぜどうして私たちなの助けてもう嫌殺して殺して死なせて……と幾人もの怨嗟と嘆願が内側から響いてくる。これは…誰の、声だ…とアヴィーは考えて
【考えるまでもないことだ。何故、気づかない振りをする。】
 と【世界樹】に問われて、アヴィーは唇を噛みしめた。声は、移民船の乗員の声だ。
【この1000年間、私が聞いた『声』の記憶だ。お前は乗員も『諦めていない』と言ったが、そんなものは死んだことのない人間の綺麗事にすぎないと、お前自身も気づいているはず。だからこそ、】
 内側から響く声が、一気に膨らんだ。アヴィー自身の思考や感情を押し流して、声はアヴィーの中で充満する。
【容易に、自分の体験として引き寄せてしまう。】
 あの、突き飛ばした手、死体を引きずる手、人の指を切り落とした手は誰のものだ。自分のものか?あの記憶は自分のものか?いや、そうじゃない、そうじゃない、とアヴィーは繰り返し、繰り返しながら
(じゃあ、僕の記憶って?)
 と問いかけてしまう。問いかけたのと同時に、アヴィーは夜の海に沈んでいた。
 ……これは知っている。僕の記憶だ。カリーナとマルカブに初めてあった時の記憶だ。暗い海に落ちて、僕はカリーナの手を掴んで……
 その掴んだ手が、腐敗しかけて左の薬指を切り落とされた誰かの手になった。
 アヴィーは記憶の中で悲鳴を上げて、手を振り払い、振り払われたその手は海の底に沈んでいく。手の持ち主が長い金髪を揺らめかせて沈んでいく。それがカリーナなのか、あの薬指のない死体だったのかも、分からない。分からないが、
(―― 手を離してはいけなかった!)
 違う、と言わなくてはいけなかった。僕の記憶はこれではないと。無理にでも握り続けなければいけなかった。死んで冒涜された人を僕は見捨てない、と。そしてもし、あれがカリーナなのかどうかと一瞬でも考えてはいけなかった。生きているカリーナの手が握り返してくれたという自分自身の記憶を、疑ってはいけなかったのだ。疑ったその瞬間に、自分の記憶は塗りつぶされる!
 それなのに、アヴィーは海の中で自分に伸ばされてきた手を、咄嗟に振り払ってしまった。間違いなくマルカブの手だったそれは、アヴィーに拒絶されたことで、一緒に隠れていた人に突き飛ばされて【魔】に捕らえられた誰かの姿に変わってしまう。
 いや、違う、あれはマルカブだった、僕らを助けようとしたマルカブの手だった、でもそれを今、僕は振り払ってしまった、それであの姿に変わったんだ、だから僕が振り払ったものはマルカブではない、僕を突き飛ばそうとした誰かの手だった、だから、僕は振り払ったんだ…
 アヴィーは言い訳めいた思考を必死に巡らせて、それが三巡した後で、不意に立ち止まった。
 ………あれ、でも、それじゃ、あの夜の海で伸ばされた手は誰のものだったの?
 アヴィーにとってアーモロードでの思い出の中で、もっとも大事な記憶が、揺らいだ。
 アヴィーを支えていた『アルゴー』の記憶が瓦解していく。あれもこれもなかったことになって、代わりに彼の頭を占めるものは、裏切りと諦めと妥協と後悔を繰り返してきた、この1000年の人間の絶望だ。この1000年に起きた悲劇の記憶が、アヴィーの脳内で見せつけられる。それを体感したように、五感が動き、臭気も耳を塞ぎたい音も熱や寒さも痛みもその体に一瞬で刻みつけられた。声すら上げられない衝撃の中、アヴィーの内側から声がした。
 ―― これだけの目に遭った私たちが、まだ諦めていない、などと よく言える!――
 ごめんなさい、とアヴィーは泣き、だからこそ声は追い打ちをかけた。
 ―― 我々は、諦めすら赦されていないのだ!――
「…ごめんなさい…っ!!」
 アヴィーが声を出して膝を折った。スハイルが大慌てでアヴィーの前まで飛んでいくが、アヴィーは身を床に屈めて「ごめんなさい…ごめんなさい…」と繰り返すだけだった。もう誰かの記憶を見せつけられることはなかったが、それを体験させられたアヴィーはその衝撃と脅威に耐えきれず、ただ床に屈して泣くだけだ。
「…えげつないことをするものだ…」
 と、ヤライが頭を押さえながら起き上がり、呻く。
「【世界樹】…。お前は、そんな子どもに1000年分の悲劇を見せたのか……」
 【世界樹】は肯定しながら、根を揺らす。今、この場で一番の恐怖を抱いている存在がアヴィーへと変わり、【魔】の鉤爪は【世界樹】からアヴィーに向かおうとした。それを素早く【世界樹】は抑え込み、少し待て、と勝ち誇ったように声を上げた。
 スハイルが「びー!」と鳴きながら、アヴィーの前で翼を広げる。アヴィーを庇いながら、スハイルは素早く周囲を見た。他の仲間たちは皆、気を失っている。スハイルの視線に【世界樹】は気付き、それからヤライが立ち上がっていることに少しだけ驚いた様子で、
【…この場の人間には、脳に直接信号を送り、気を失うように仕組んだのだが……】
「…1000年を生きるために、私の体は人間のそれとは少々変わってしまってな。そのフクロウと同じように、人間相手の攻撃は効きにくいぞ。」
「ぴーーー!」
 世界樹とヤライのやり取りを聞きながら、スハイルは喚いた。よく分からなかったが、【世界樹】がアヴィーに対して何かをしたことは分かった。そしてそれはアヴィーの最も彼らしいところを奪い去る行為だったという事も分かった。そして、自分が自由に動くことを許されているのは無力だと思われているからだということも、薄々分かった。しかし…というか、だからこそ。スハイルは、アヴィーの頭に自分の頭を擦り付けながら、必死に呼びかけた。戻ってこい、と呼びかけた。
「ぴぴぃー!ぴぴぃー!!ぴぴよぴぴよ!ぴぴよぴぴよ!」
「無駄だ…。その少年は、心を折られた。もしくは…寄る辺を失ったか。まあ…表現の違いだ。今は、恐怖と諦観の中にいる。」
 ヤライは、鼻で息を吐いた。
「…我々の1000年の所行を見せられれば、少年の心など簡単に折れるだろうな。」
【結局、この少年も、あなたたちと同じ弱い生き物だったという事だ。】
 【世界樹】は穏やかに告げ、根の先をアヴィーに伸ばした。



(43章5話に続く)


---------------あとがきのようなもの------------------

最近、よく分からない話が続いてて申し訳ないのですが
人知を超えた生き物の話なので、分からなくても仕方がないと自分で自分を慰めている。


「指輪を盗むために死体の指を切られていた」話は、知人が被災地で聴いた実話が基です。
頑張ろう、とか言う前に、知らなきゃいけないことって多いんじゃないかなあ、と思って、書きました。




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