まよらなブログ

45章3話。


「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。



今回、決着でございます。
今回と次回の話が書きたくて二部は書いてきたのですが、
入れきれなかったことも多くギリギリしてます。
まあ、いいんです。ここで大人組のあれこれを書いて引き延ばすのもどうかと思うし。

次回の更新は、29日か30日…ぐらいのつもりでいますが、
思い入れの最も強い話になので、年明けに更新になるかもしれません。
近くなったら、日記でお知らせします。


それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。





45章3話
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 床と壁と天井に張り巡らされていた【世界樹】の根が一瞬で消えたことに、マルカブたちは気付く余裕などはなかった。ヤライも気付いていなかった。戦いは拮抗しながら、それぞれの体力と…主に集中力を削いでいた。それでもどうにか攻撃を避け、攻撃を撃ち込むために気力を奮いたたせていたので、戦い以外に意識を裂く余裕などなかった。
 今や、ディスケの矢弾は切れた。エラキスの銃弾も、とっくに切れていた。治療の技が使えるエラキスはともかく、矢弾の切れたディスケでは戦いの傍観者にしかなれない。ディスケは舌打ちをしながら、弩を担ぎ上げた。弩そのものを鈍器代わりにするつもりだが、自分ではヤライのスピードには追いつけないことも理解していたので、せめて自分とエラキスの身を守り、足手まといにならないことだけに集中する。
 目に見える傷が多いのは、剣技を主にするマルカブだ。額から流れた血を手の甲で拭いながら、ヤライからは目を逸らさない。目を逸らしたのは、いつの間にか頭から帽子が飛んで行ったことに気付いたときだ。少し高い位置に突き出した鉄筋に引っかかっている帽子を一度ちらりと見たが、それ以外ではヤライから目を離さない。
 目に見えないところに痣を作っているのは防御を主にするシェリアクだろう。ヤライの攻撃を集中して受け止めて、その鎧の下には多くの痣が出来ているに違いない。シェリアクが動き出す際には、必ず奥歯を噛みしめて痛みに耐えていることにエラキスは気付いていた。
 マルカブは、ぜえっと重い息を吐いてから剣を地面に水平に構えた。膝が笑っているのは、義足の方の脚だ。体力よりも先に義足の機構の方が限界で、それを気力で補いながら使っているようだ。義足をせめてもう少し頑丈に作れはしなかったかと、ディスケはただ唇を噛んだ。
 ヤライは、その脚を斬ることに決めて刀を構えた。自分の脚が標的になったことにマルカブは気付いたが、放っておくことにした。カリーナとクー・シーの武器を材料に、ディスケが造り、アヴィーを守るために、自分が使っている、この義足。斬れるわけは、ないのだから。
 それに、相手の狙いが分かれば、こちらの狙いもつけやすい。脚を狙うのだから、下段の斬撃になる。狙われるのは、生身の脚と金属の義足の接合部だろう。(その機構が限界だからだ。)攻撃先が絞れれば、ヤライがどんな体勢と軌道で斬り込んでくるかも想像できる。だからそこに向かって、突剣を突き出せばいい。マルカブは、逃げるのではなく駆け出すために、力を振り絞って下肢に力を込めた。その耳に、
 奥から、空気が弾ける音が飛び込んできた。
「…!」
 【世界樹】の根が消えたことに気がつけなくても、奥から響く破裂のような音に気づいたのは、それがアヴィーの雷の術によく似た音だったからだ。気づいたかどうかは、ただ関心があるか無いかの問題だ。【世界樹】の存在には大した関心を抱けずとも、アヴィーが戦う音には無関心ではいられない。
 思わず床を蹴りだすのを止めて、奥を見る。続いて、低く、何かが倒れる音がした。人が倒れるのでは、そんな大きな音がするはずもない。
 だから、きっと…、…いや、そうであってくれ!
「…アヴィー…!」
 マルカブは、祈るように名前をつぶき、
「マルカブ!」
 ディスケが警戒を告げるように名前を叫ぶ。マルカブは我に返り、突剣を脚の前に垂直に降ろした。剣と刀がぶつかる。ヤライの刀が、マルカブに義足を狙って振るわれた。
「…あの音が、【魔】の倒れる音であれば…!」
 刀を剣がぎちぎちと押し合った。
「あの子も共に死んでしまう…!私は、その可能性を認めない!」
「そう…かよ!」
 こんなものは妄執だ、とマルカブは思い、そして自分も同じように妄執を抱いているのだ、と自覚もした。ヤライは孫の無事を、自分はアヴィーの勝利を。そうではない現実を突きつけられても、お互いとも絶対に認めない。もしかしたら、ヤライも同じように自覚していたのかもしれない。
「可能性が否定されるまで…!私に付き合ってもらおう!」
 と、そんなことを言った。その言葉の意味は分からなかったが、意義はあると、マルカブは嗅覚だけで判断した。


*******

 振り下ろされた刀が、少女の瞼の中に存在する紅い水晶体に映り込む。まさか、この少女の肉体に刀が振り下ろされるとは、【昏き海淵の禍神】は予想もしていなかった。その点では、アヴィーの優しさとも甘さを信じていたのだ。柔らかな情緒を理解できないのに、信じていたのだ。理解できないのに信じた罰であったのか、【昏き海淵の禍神】の中に裏切られたような衝撃が走る。
 少女の体を動かして逃げ出そうとしたが、少女は頑なにその場から動かなかった。その振り下ろされた刀がやっとやってきた解放の合図だと、意識もないのに知っているようだった。今までは餌でしかなかった少女が、意志のようなもので自分に抵抗する様に、再度【昏き海淵の禍神】の中に衝撃が走るのだ。
 そして、もう一つの衝撃は、このままでは自分が消えるという予測だった。
 圧倒的な力と質量と独特の生存方法を持っている【昏き海淵の禍神】は、自分が消える可能性のある存在だと認識もしていなかった。【世界樹】と対決しているときですら、感じたこともなかった。ただただ、自分は喰らいつづけるだけの存在だと信じ、【昏き海淵の禍神】は暴食の限りを尽くしてきた。それは、幼児の万能感と同じように根拠はなかったが、幼児のように現実とぶつかることも受け入れられることもなかったので、ただただ喰らい尽くしてきた。自分はそれだけをする生き物であると、【昏き海淵の禍神】は疑いもしなかったのだ。
 それが、生存すら危うい立場にいる。
 【昏き海淵の禍神】が恐怖を通り越して恐慌状態に陥った。今の体は小さいし、その体は動きもしないし、刀は慈悲もなく落ちてこようとする。今の【昏き海淵の禍神】に出来たことは、ただ一つ、願いを希望を懇願を、叫ぶだけだった。
 シニタクナイ!
 それを人であるアヴィーが聞き取れるのかは分からなかった。言葉として発したわけでもなかった。だがもう、叫ぶしかできない。シニタクナイ!
 その声を確かに聞いたのは、今や【昏き海淵の禍神】の体である少女だった。少女も言葉として発したわけではなかったが、叫ぶのだ。【昏き海淵の禍神】のように泣きわめくのではなく、アヴィーに向かって伝えようと。やっとくる解放に向かって、ありがとう、と。
 刀を振り下ろしたアヴィーが大きく目を見開いた。声が届いたのか、届かなかったのか、どちらの声が届いたのか、それとも全く別の人の声が届いたのか。そのいずれであったのか、そうではなかったのか。ともかく、アヴィーに届いたものがある。それは、自分自身の心が「それでも!」と叫ぶ声だった。
 これが、残された方法だ。これが、最良の手段だ。これが、たった一つの冴えたやり方だ。そんなことは分かっている。分かっている。この子にとってもこれが救いだと分かっている。それでも、と心は叫ぶ。
 それでも、僕は誰も犠牲にしたくない!なんとか全員救いたい!一番頑張った人を救いたい!
 アヴィーは現実とぶつかる己の中の声を自覚した。

 そして、振り下ろされた刀は少女に落ちる直前でほんの一瞬止まるのだ。躊躇いを乗せて、ほんの一瞬、止まるのだ。秒にも満たないほんの一瞬、止まるのだ。この少女を殺さねばならないと分かりながら、しかし死なせたくないと泣きながら、その両者の思いが拮抗した瞬間に刀は止まる。それでも!と叫ぶ心を自覚しながら、それでも、アヴィーはその葛藤を踏み越えて、刀を振り下ろさねばならないことも分かっている。刀を振るうために鍛えたわけでもないアヴィーの筋力では、重力にそうそう長い時間、逆らえるはずもない。だから、ほんの一瞬だ。止まったのは、ほんの一瞬だ。
 だが、その一瞬に。どれほどの葛藤があったのか、と思えば。それは、永劫の時間よりも確かに重かった。確かに、重かったのだ。

 アヴィーが迷い、躊躇ったその一瞬。
 その一瞬こそ、【昏き海淵の禍神】にとって絶好の一瞬だった。その一瞬を【昏き海淵の禍神】は逃さなかった。その一瞬で、死にたくない、と叫んだ【昏き海淵の禍神】は、死なないために選択をした。
 乾いて剥がれていく水晶体から、細い針状のものが瞬時に作り上げられた。誰かが息を吐くよりも速く、その針は宙に放たれた。スハイルが飛んで追うが、針はあっという間に見えなくなる。針が放たれた方向は、移民船の入り口の方向に向かっていった。そちらにいるのは、マルカブとディスケとシェリアクとエラキスと、そしてヤライだ。そう気付いたスハイルは速度を上げて飛ぼうとしたが、ジャン!と刀と金属製の床がぶつかる音を聞いて、咄嗟に床に着地し振り返った。
 アヴィーは刀を振り下ろしていた。先ほどまで少女がいたその空間を切り裂いて、確かに刀を振り下ろしていた。救いたいと切望する自分の声を聞きながら、切り捨てるしかないと理解する頭で振り下ろした刀は、結局止められはしなかった。刀を振り下ろしきった自分自身への怒りで、アヴィーはぼたぼたと涙を零す。涙が零れた先に、少女は居なかった。アヴィーは切っ先だけがあった。アヴィーは、結果的には『何も斬らず』に床に突き刺さった刀を見た。
 アヴィーが迷った一瞬の間に、少女は不意に倒れていた。崩れ落ちるように倒れていた。アヴィーの振り下ろした刃の軌道とは逆方向に倒れていた。だから、アヴィーの下ろした刀は、少女を斬りはしなかった。けれど倒れた少女は、もう虫の息だった。瞼も開けられず、かさかさの唇からは細い息が漏れるだけ。直に命を引き取ることが、誰の目にも明らかだった。
 アヴィーは刀から手を離し、少女の元に屈み込んだ。少女の瞼の端から涙がにじみ出ているのを見て、この子の中に【昏き海淵の禍神】がいないことを悟る。アヴィーは落ちていた自分の上着で少女の身体をくるむようにして、抱き上げた。【昏き海淵の禍神】がどこに行ったかなど、もはや気にはしてられない。
 アヴィーが本当にやりたかったことをやるために、それに間に合わせるために、紙のように軽い少女の身体を抱えて、やって来た道を走っていった。
 その道は、先ほど針のようなものが飛んでいった道と同じ道だった。


*****

 瓦礫に引っかかっていたマルカブの帽子が、不意に落ちてきた。マルカブと鍔迫り合いになっているヤライの視界を遮るように落ちてきた。
「…!?」
 急に視界が遮られ、ヤライは咄嗟に後方に飛び退いた。あのままでは圧し斬られていただろうマルカブも同様に間合いを取った。ヤライが払いのける己の帽子を、アヴィーとカリーナから贈られた己の帽子を、マルカブは息を呑んで見つめる。風などなかった。振動もなかった。別にディスケが打ち落としたわけでもない。なんのきっかけもなく、瓦礫から外れ、ヤライの上に落ちてきた。まるで、意志を持つかのようにだ。
 ―― だから、帽子、大事にしてね。
 そう最後にお願いをした少女の声を思い出し、カリーナ?と、思わずマルカブは囁いた。もし、これがカリーナの意志だったのだとすれば、自分はまさに今、救われたのだろうか……?
 ヤライは帽子を払いのける。露わになったその視界の中に、移民船の奥から飛んでくる針の形がが飛びこんできた。丁度、マルカブも間合いを取ったことで開いた空間の中を、針が飛んでくる。ヤライをめがけて飛んできた。
 ヤライは、その針を受けるように、待ちかまえていたかのように、もはや抱きしめるかのように、腕を広げた。その動作でマルカブは針に気付き、そしてその動作でこれがヤライの望みつづけていたものだ、と理解した。
 針は、ヤライの心臓にめがけて飛んできて、ヤライの胸に突き刺さったかと思うと、針から触手状のモノに変化した。【魔】が持っていた触手と同じものが、ヤライの胸から伸びその全身を絡め取る。
 水晶体にとらわれていた少女のように、今度はヤライをとらえて餌にするつもりだ…!
 そう理解をしたマルカブとシェリアクは突剣と槍で、ヤライの身体を包む無数の触手を切り裂こうとした。だが、それよりも速く、触手は内側から切り裂かれ、その切れ目から、黒い鋼の材質で鉤爪のような指先を持つ腕が生えるよう現れた。もはや人の物ではなくなった、ヤライの左腕だ。切り裂かれた触手は、あっという間に枯れ果てた。ヤライは左腕で触手を薙ぎ払い、そして勝利の…というよりも歓喜の声を上げた。
「最後は私を選ぶと思っていたぞ!疫病神!」
 声とともに、もはや人の物ではなくなった左腕で己の胸を貫いた。



(45章4話に続く)

---------------あとがきのようなもの------------------

もともと二部は『アヴィーの成長』の部分を書きたいと思って作ってたんです。
で、ここで『理想より現実を選択をするアヴィー』を書こうと思ってたんですが……
いろいろと考えたら、こんな話になりました。


刀が止まった一瞬で、一体何があったのか。
次回が種明かし回で最大のテーマで、事実上の最終回になります。




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