まよらなブログ

45章4話。


「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。



今回の話が、事実上の最終回です。
あとは、後日談になりますのでオマケみたいなもんです。
結局、年内に終わらせることはできませんでしたが、
ここまで書いて、2015年の更新が終わらせられるので
志水的には「ふー!スッキリ!」感が半端ない。




それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。





45章4話
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 この刃のような左腕は、1000年前の同志の研究成果。はるか北にある世界樹の下で、禍を封じ続けた同志の研究の産物だ。その研究成果である腕を持った人物がこの南海にやってきて、彼女の戦いとその結末を聞き、そして腕から細胞を取らせてもらった。その細胞を自分に移植し、自分の半身を作り替えた。己を、【魔】を取り込んでも壊れない器とするために。
 そして、その左腕の指先に込めておいたのは、別の同志が1000年の時間をかけて完成品に近づけていた薬。ミズガルズ図書館で、その同志が【ユグドラウィルス】と名付けた薬がエトリアを救ったのだと聞いた。エトリアの災厄を倒すきっかけとなったその薬のデータを、エトリアの樹海の奥から探し出し10年かけて完成させた。
 そして、今、自分の胸の中に【昏き海淵の禍神】であったモノがいる。自分に寄生し、自分の絶望を喰い、生き延びようとしている元凶が、自分の手の届くところにいる。
 もし仮に。孫や移民船の乗員たちが【魔】の餌として適当でなくなったとき、次に【魔】に狙われるものは自分だという確信があった。怒り、哀しみ、絶望の記憶を最も多く持つものは、1000年生きた自分だからだ。
 【昏き海淵の禍神】が悪食で暴食であればこそ。移民船の船員も食い尽くした後、何も考えず最も美味な『食事』に飛びついてくる。だから、ヤライは自分の身体を強化した。そして、自分の身体に薬のアンプルも仕込んだ。
 身体を【昏き海淵の禍神】を閉じこめる檻にするために。そして、【昏き海淵の禍神】を撃つ武器にするために。餌がなくなった【昏き海淵の禍神】が、自分を餌にしようとしたとき、閉じこめ撃つために。
 自分の1000年間の絶望そのものを、囮にする。
 左腕で胸を貫き、そして己に肉の中に、心臓の奥に埋もれていこうとする【昏き海淵の禍神】を自分の血肉ごと引きずり出した。いまや【昏き海淵の禍神】の姿は小さな種子になっていて、今のヤライの左手と比べるととても小さな存在になっていた。
 ヤライは、は、と息を吐いて笑った。【昏き海淵の禍神】と同化したため【昏き海淵の禍神】の記憶も流れ込んできた。だから、【昏き海淵の禍神】が自分に逃げてきた理由も把握した。
 【昏き海淵の禍神】の記憶の中に、ほんの一瞬、躊躇い止まる刃があった。
「そうか…、あの少年は、この期に及んで、それでもまだ、躊躇ったのか…。」
 ヤライは爪を種子に突き立てる。その爪の先からじわり、と、金色の液体が滲み出た。
「お前は、あの子の、優しさに負けるのだな。」
 そうヤライは囁いて、金色の液体がにじみ出る左の爪を、種子に突き立てた。断末魔のように空気が震え、種子から細く煙が上がる。ヤライはその種子を、その左の掌で握りつぶした。拳は開かない。その拳の中で、1000年間の仇敵を封じるのだ。
 断末魔のような空気の震えが消え、拳の中から上がる煙が消え、そして、ヤライは血を吐いて倒れた。己が貫いた胸から血が迸る。エラキスが咄嗟に駆け寄るが、心臓の一部も抉ったその傷に、ひゅっと息を飲んだ。ヤライは駆け寄るエラキスを手で制したが、ふざけないで…!とエラキスは呟いてヤライの元に屈みこみ、無意味だと分かりながらも止血のために傷を抑えだした。
「アヴィーくんとオリヒメちゃんに謝るまでは、生きてもらうわ…!」
 エラキスはそう怒り、戦いの後半は道具係になっていたディスケに止血用の布を出すように命じた。ディスケは慌てて荷物を持ってエラキスに駆け寄る。
 もはや意味をなさない手当てをしながら、その場にいる大人たちは理解をした。つまり、自分たち…アヴィーもオリヒメも、ヤライに騙されていたのだ、と。彼の目的は、自分の左手を使って【魔】を撃つことだったのだ。このタイミングを、彼は待ち続けていたのだ、と。
「…アヴィーを殺す気も…オリヒメを悲しませる気も…無かったのか?」
 と聞くマルカブの声には安堵などない。それが嘘だったのだとしたら、それこそマルカブはヤライを許すつもりはない。自分の目的を隠すための嘘で、アヴィーやオリヒメを傷つけたのなら、絶対に許すつもりはない。特にオリヒメは、自分の師を裏切り裏切られた体験をしたことになる。オリヒメは実直な娘だと知っているだろうに、彼女が自分を責める体験をさせたことになる。
 ヤライは目だけを動かして、マルカブを見、溜息を吐いた。安堵の、溜息だった。弟子のことで怒ってくれる人間がちゃんといる、という安堵だった。
「…そう…出来ればいい、と思っていたが…、確率は五分以下だった……。あの子らが…扉を開けるまでは……、私は彼を、殺して…オリヒメを餌に……【魔】に、扉を…破らせるつもり…だった…」
 と、ヤライは苦笑を浮かべた。身体を強化してあるためか、そう簡単に事切れるわけではないようだ。とはいえ、心臓の一部を失った人間を救えないので、ただ苦痛の時間が長いだけのことだった。その苦痛さえ喜ばしい、とヤライは思う。苦痛は終わりに向かう予告のベルだ。
「…その後で…私の中に…【魔】をおびき寄せる……。そのつもりだったのだが…見事に、それも覆してくれた…」
 とヤライは苦笑を微笑に変えた。
「…あの少年は……、優しい子だね……。さすが、オリヒメが見込んだだけの、ことはある……。オリヒメの…人を見る目を見込んで…正解だった…」
 何か言いたげのマルカブのことは無視して(というよりも、もう目が見えていないのかもしれない。焦点が合っていない)、ヤライは静かに口にした。
「……私の孫を…人質にされ…、…あの少年は、躊躇ったのだ…。踏み出しながらも…躊躇ったのだ…。私の孫ごと【魔】を倒せるのに……私の孫を死なせたくはない、と…一瞬…躊躇ったのだ…。その一瞬が…【魔】に逃げる機会を与えたが……、【魔】が逃げたからこそ…私が捕らえることが出来た…」
 そして、ヤライは左手に持てる力を注ぎ込むように、その拳が解けないように力を込めた。
「その…躊躇いの…葛藤の一瞬が…なければ…、【魔】をこうして…倒すこともできなかった……。これは、あの子の優しさの勝利だ……。我々が、1000年前にやらなかった…やれなかった方法で……、これは、正しく…進化してきた人間の勝利だ…」
 そして、ヤライは一度咳を出し、器官に流れてくる血を吐き出した。吐き出した後に漏れる言葉は、ひどく穏やかだった。
「…優しい、あの子たちを……傷つけずにすんで…よかった…」
 その優しさがあるからこそ、あんたのこんな姿に人の倍は傷つくんだ…!と、マルカブは心の中で叫ぶのだ。しかし、口には出したのは、絞り出すような、ふざけんな…!という一言だった。言葉を吐き捨てただけだった。
 そこへ、ぱたぱたと慌ただしく足音がする。息を上げて泣きながら走ってきたのは、アヴィーだった。その胸に、上着にくるんだ何かを抱えて。
 アヴィーは、ヤライの姿を見て。そして止血をしているエラキスの手が真っ赤に染まっているのを見て。ヤライの状態だけは理解した。また全速力で駆けてきて、ヤライの元に屈み込み、
 その上着にくるんだものを、ヤライの顔のすぐ右横に横たえさせた。
「…お孫さんです…!」
 アヴィーは鼻をすすり上げるのも忘れて、上着を開きながら、ヤライに告げた。
「まだ…生きてます…!」
 そう、告げた。
 とは言え、上着の中から現れた少女の身体はもう干からびて、どうにか心臓を動かしているだけの生き物だ。ヤライよりも先に、その心臓も止まるだろう。
 それでも、そのわずかな時間が、二人を救うのだと信じて、アヴィーはもう一度告げた。
「まだ、生きてます!」
 ああ…、とヤライは息を吐いた。のろのろと孫に向かって伸ばされた右腕を、さらに駆けてきたオリヒメが取って、そうっと少女の頭に触れさせた。
 少女は、わずかにぴくりと動いた。干からびた唇の端が、ほんの少しだけ上がったように、アヴィーには見えた。ヤライの目から涙が溢れて、ありがとう、と口から漏れた。
「…そして、すまなかった…。オリヒメ…、お前にも悪いことをした…」
 オリヒメはふるふると首を振る。声を漏らせば、泣いてしまうからだ。しかし、首を振った姿をヤライが見えてはいなかった。それでも、ヤライはオリヒメがどう答えたかは分かったようだ。そもそも、オリヒメが一言も発していないのに、そこにオリヒメが居ることも分かっていた。
 ヤライは、もう一度「ありがとう」と口にした。
「君の…葛藤が、世界を、孫を、私を、我々の1000年を、救ってくれた…。」
「…でも…っ、」
 アヴィーは首を振り、ヤライに向かって懺悔した。
「…でも、僕は…っ!この子を、死なせるつもりでいました!」
「それも、また…救うつもりでいたからだ…」
「でも、それじゃあ、あなたが救われなかった!」
「…しかし…実際には、君は私を救ってくれた…」
「こんなのは、こんなのは、…ただの偶然なんです…!」
 僕の力じゃない、とアヴィーは唇を噛みしめた。降り落ちてくる涙の粒に、ヤライは「やはり、君は優しいな」と囁いて、
「オリヒメと、これからも、仲良くしてやってくれ……」
 そう言って、目を閉じる。オリヒメが「師匠様!」と叫ぶと、微笑を浮かべて、その表情のまま、事切れた。
 もう人間の肉体の限界であったのか、少女の身体はぽろぽろと灰のように崩れだし、ヤライの身体も鉄から錆が剥がれていくように崩れていく。エラキスは血で染まった手をヤライの胸から離し、ごめんね、とオリヒメに告げた。オリヒメは首を振り、少しでも命を延ばそうとした(それはヤライのためではなく自分のためだ、とオリヒメは気付いていた)エラキスにぺこっと頭を下げ……下げたまま泣き出した。
「ぴぴぴえ!」
 スハイルがオリヒメの背中にしがみついたが、それ以上は「ぴよ」とも言わず、しがみついているだけだった。
 アヴィーは崩れていくヤライと少女の身体を見つめ、じっと涙をこぼしていたが、誰にうながされたわけでもなく長い黙祷を捧げた。その後に目を開けて、もう一度ヤライたちの姿を見つめる。その横顔を見たマルカブがアヴィーの傍らにしゃがもうとする前に、アヴィーはごしごしと瞼を拭い、オリヒメの下げたままの頭に触れた。何か言いたげにアヴィーは口を開いたが言うべき言葉も見つからず、黙ったままでオリヒメの頭を撫でた
。オリヒメはひゅう、と喉の奥から空気の漏れるような嗚咽を漏らし、顔も上げないままでアヴィーにしがみつき、声を上げて泣き出した。
 アヴィーはオリヒメの肩を抱きとめながら、やっぱり何も言えないでいる。けれども、「何があっても、オリヒメだけに辛い思いはさせないよ!」と約束したそのことだけは、今、この瞬間も果たされていた。


*****


 ヤライの身体は完全に崩れ落ち、その左手の拳だけが石のように残った。世界樹の根が消え、【魔】の触手や目も消え、最奥から全く音が聞こえないことに気付いたオランピアたちが、移民船の奥へとやってきて、その拳を回収した。(外で触手狩りをしていた『ファクト』の少女たちもやってきて、シェリアクとエラキスに抱きつき泣きながら無事を喜んだ。)
 簡単な手当てを終えて、一行は街へと戻る。ミツナミに支えられて歩くオリヒメの後ろ姿を、アヴィーはぼんやりと見ながら最後尾を歩いていた。
 そのアヴィーの前で、ディスケに肩を借りて歩くマルカブが少し振り返り、ディスケに何か耳打ちしてから一人残る。そして、アヴィーが自分の位置まで来たときに、
 …何か声を掛けようとして、けれども何も思いつかなかったので、
「……アヴィー、ちょっと肩を貸せ。義足がガタガタしてな、歩きにくいんだ。」
 と、そんなことを言った。アヴィーはマルカブを見上げてから、溜息を吐き、
「僕のこと、慰めようとしたんでしょう?気を使わなくてもいいよ。」
 と、マルカブよりもよっぽど大人なことを言う。マルカブは少し考えてから、真顔で答えた。
「……どうだろうな。」
「誤魔化すことないよ。」
「誤魔化しじゃない。(と言いながら、マルカブは勝手にアヴィーの肩に手を置いた。アヴィーは自然とマルカブの背中を腕で支えた)……慰めようとしたわけじゃないし、励まそうとしたわけでもない。そんな軽いものを、お前に伝えたいわけじゃない。」
「…実際には、今の僕がマルカブを支えてるわけだけどね。」
「……お前、言うようになったな……」
 と、マルカブは残念そうに呟いてから、
「…誉めたいわけでもないんだ。お前が自分で決めて自分でやったことなんだから、俺が誉めるのは話が違うだろ。でも、俺はお前が誇らしいと思う。」
「…僕は、僕のことがちっとも誇らしくない。」
 アヴィーは唇を尖らせた。それはいつものアヴィーだった。
「…マルカブ、言ってくれたよね。お前は、最後までお前のままでいろって。ギリギリまで駄々をこねろって。」
「そうだっけかな。」
「でもね、僕、最後の最後で、僕のやりたかったことを捨てたんだ。…【魔】を倒すために、あの女の子を殺すつもりだったんだ。」
「…でも、お前が一瞬躊躇ったから、あの子も爺さんも救われた。本人がそう言っていた。」
「それは、転がってきた結果だよ…。僕は、一度、…確かに諦めたんだ。あの子を助けることもヤライさんが救われることも、…オリヒメが自分の先生とまた笑い合うことも諦めて、あんな小さな子を、1000年頑張ってきた子を、犠牲にするつもりだったんだ。…そんなことは嫌だし諦めたくないのに、僕は諦めるしかないって、考えてた。それって、その時点で諦めだよね。……【魔】は倒せたけど、僕が勝ったわけじゃない。僕は、…僕の理想は、負けたんだよ。僕は、僕の理想を…僕のままでいることを諦めたんだよ。」
「…お前は、『諦め切れなかった』んだよ。」
 と、マルカブが言った。アヴィーが何かを言う前に、マルカブは素早く続けた。
「お前は、諦めなきゃならないことを分かっていながら、諦めたくなかったんだ。それは、諦め切れなかったってことだろ。」
「でも、あのままだったら、僕はきっとあの子を斬ってた。だから…諦めてたんだよ。」
「お前は、『諦め』と『諦めない』ことのどっちに価値があると思ってるんだ。」
 と、マルカブは呆れたように溜息を吐いた。
「…どっちも辛いことだぞ。『諦める』ことも辛い。理屈じゃなくて、喪失感がすごい。それを分かってる人間が諦めたんだとしたら、それは勇気だよ。『諦めない』ことも辛い。どうにもならないことに挑み続けるっていうのは、とにかく擦り切れる。でも、逃げの痛みから『逃げてる』だけかもしれないけどな。どっちにせよ、自分にとって結論が出るってのは、重いものをどっかにおけるってことだ。」
 けれど、とマルカブは声を小さくした。
「『諦めきれない』ことは、本当に辛い。諦めるべきだと頭で分かって、でも諦めたら折れてしまうと心で分かっている。迷うことは辛いんだ。結論を出せないことは、重いものを背負い続けるってことだ。だから、その重さに負けて結論を出すやつだっている。…1000年の重みと、【世界樹】の戦いの歴史を背負わされたら、尚更、重さを降ろしたくなるよな。お前の理想だって揺らぐだろう。」
 マルカブは、一度息を吐く。
「でも、お前は、ちゃんと迷ったんだよ。1000年以上の重みとオリヒメとの約束を背負って、それと同じぐらい重い自分の理想も掲げて、そして『諦めきれない』と思えるぐらいに、迷ったんだ。1000年の重さやオリヒメとの約束や自分の理想のせいにして、どちらかに簡単に決めなかった。お前が迷った瞬間、お前は誰よりも戦っていたんだよ。何よりも厳しい戦いを戦っていたんだよ。」
 それが俺は誇らしい、とマルカブは苦笑混じりに囁いた。
「そうやってお前が戦いきったから、あの子たちを救えたんだと、俺は、……」
 マルカブは、適当な言葉を探したようだった。しかし、すぐに見つかって、はっきりと告げた。
「俺は、そう、信じてる。」
 アヴィーはマルカブを見上げて、そして、ずずっと鼻をすすり上げた。
 マルカブは、泣くなよ、とは言わず、頭も撫でず、それでもアヴィーに独りで泣いているとは思ってほしくなかったので、肩に置いた手に力を込めた。
 もう、頭を撫でるわけにもいかないな、と思う。
 もう、この少年は、現実と理想の葛藤にも立ち向かい、自分の涙をこらえて泣いている少女に胸も貸せ、そして誰かを救おうと奔走できる。
 もう。子どもではないのだから。



(45章5話に続く)


---------------あとがきのようなもの------------------


冒頭で新世界樹1・2のネタを放り込みました。

ラスボスが斬られそうになったけど逃げ出して、逃げた先で倒される……という流れで、
「エルナサーガじゃねえか!」と思った人がいたら、握手しにいきたい。

…というわけで、「倒すことを躊躇ったために、倒せた」という結末です。
葛藤が、結果的に世界を救ったっていう話です。
結果的にアヴィーは女の子を斬らずにすんでいるけれど、彼は理想を確かに曲げました。
でも、そこに至るまでの…至ってからの葛藤こそが重要なのではないか、という話です。
出来ない・分からない・自信がない、だから書かない、のではなく、
出来ない・分からない・自信がない、だけど書きたいんだ!どうしよう!?の
「どうしよう!?」の部分を大切にしてほしいってことです。(………え?)


さて、残りは後日談であと、2~3話で終りとなります。
年明け1月11日ごろに次回更新の予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


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