まよらなブログ

世界樹Ⅳの小話:『愛に言葉を』



2014年に頒布した井藤さんの本『恋文』に書かせてもらった話をアップします。
(本は完売したそうです。詳細はこちら。→『まんねんろう・オフライン』
「ルン子本(世界樹Ⅳ)の続きをつくる」とだけ聞いて書いたのですが
本の全体のテーマと合致して良かったと思ってます。

縦書き紙原稿用に作ってる文章なので、
ネットで横書きにすると、見にくかったり文字化けが発生するかもしれませんが…
その時はその時で、心の目で読んでほしい。




それでは、興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。




【 愛に言葉を 】



『ᚩ 神(オス)はすべての言葉の源、叡智の支え。賢者の慰め、すべてのものへの祝福。喜びなり。』
                   ―― アングロ=サクソンのルーン詩より



 印術師にとって、言葉や文字は神聖なものだ。
 彼らが重要視するものは、「文字」の本質。たった一文字が持っている膨大な情報量と絶対の普遍性。その一文字に託された想い。その一文字を作り出した歴史。その、重さ。
 それを忘れてはならないと、印術師は詩を学ぶ。数節の文に、一文字の本質を凝縮した「ルーン詩」を学ぶ。これを暗唱することが、印術師になることを定められた子どもたちの最初の学習だった。
 アルエットはまだ幼いが、故郷を離れての修行が許された印術師だった。だから、ルーン詩は完全に暗唱できた。だが、文字の本当の意味を――、その文字が表す幾つもの側面を――、その無限の可能性を――、「文字」の持つ人々の歴史を――、知るには、まだ幼かった。
 「神」はすべての言葉の源、と詩で述べられている。印術師にとって、「言葉」は「神」と同義だった。そんな「言葉」に内包された数多の事象を理解するなど、どれだけ勉学に励んでもどれだけ年を重ねても、きっと人間には無理なのだ。人間が作り出しておきながら、世にある「言葉」のすべてを理解するのは無理なのだ。人に「神」は理解できない。
 ……とはいえ、この身では無理だ、と知ったとき、「神」を表す言葉の意味を知ることにはなるのだが ――
 アルエットは、自分はまだ「知らない」ことを、知らなかった。



 『ᛗ 人(マン)は喜びの中では、頼もしきもの。だが、仲間を失う運命にあり。神の命によりて、哀れな人々は地に葬られる。』
                   ―― アングロ=サクソンのルーン詩より



 ギルド『ベオーク』は、タルシスの中でも実力のあるギルド…というわけではない。
 『ベオーク』は、獅子の姿をしたイクサビトの武人・タイホウ、長い銀髪の踊り子であるカナリ、幼い少女ながら印術を操るアルエットの三人組だ。辺境伯とイクサビトの間の書簡を届ける仕事を任されており、今日も彼らはイクサビトの里にやってきた。
 イクサビトの里で、タイホウがキバガミに書簡を渡している間、暇になったアルエットは一人で里を探検していた。里の近くにある池までやって来て、池を覗き込む。水面を鏡代わりにして、自分の銀色の髪を弄ってみたアルエットだが、それでも手持無沙汰でルーン詩を諳んじ始めた。それは鼻歌のようだった。手持ち無沙汰の際に歌える歌を、アルエットは知らなかったのだ。故郷では、歌など教わったことがなかった。
 富(フェオ)から始まるルーン詩を順番に口にしながら、地面に屈んでその文字を書いていく。
「人(マン)は喜びの中では、頼もしきもの。」
 地面に人を表す文字を書きながら、ルーン詩を諳んじる。ふと、詩を止めて、アルエットは宙を見た。
「…タイホウとカナリも頼もしきもの。」
 そう呟いて嬉しそうに笑い、膝を抱える。12歳で故郷からタルシスに修行に出てきたアルエットにとって、タイホウとカナリは家族のようなものだった。頼ることができ、甘えることができる大人だった。いつまでも一緒にいることが出来るのだろうな、と思ってもいた。自分を置いていったりもしない、と信じていた。
 文字の隣に二人の姿を描きながら、「タイホウとカナリは喜びの中では、頼もしきもの。」と繰り返す。詩の続きを口にしようとして、言葉を止めた。
「……、」
 詩の続き。続きは、言えない。「だが、仲間を失う運命にあり。神の命によりて、哀れな人々は地に葬られる」など続けてはいけない。
 人には、死による別れが存在する。幼いなりに、それは揺るぎようのない真理だと知っている。知っているが、それが自分にとってどんな意味を持つものか、考えたことはなかった。果てのない孤独が、今まさに襲ってくる。信愛を知ったからこそ、孤独の恐怖が襲ってくる。
 アルエットは立ち上がり、自分の身体を抱きしめて震えた。うー、と唸りながら奥歯を噛みしめる。ルーンを覚え、印術を使い、魔物も倒せるようになり、タイホウとカナリを守れるようにもなった。しかし、何を得意になっていたのだろう?
「あたし、分かってなかったんだ……」
 ルーン詩の意味を理解していなかった。その深さと厳しさを感じていなかった。大切な人がいなくなると想像しただけでこんなにも恐ろしくなるのに、それを表した詩をただの文字の羅列として覚えただけだった。これでは、難しい言葉を並べて中身のない話をしているだけ。装飾は多くても、何も伝えられない文章を書いているだけ。流暢な言葉を操れる自分に得意になっているだけだ。
 それが印術師にとって致命的だと気付ける程度には…アルエットは印術師であった。印術師は、文字を覚え、技を用いるだけの存在ではない。文字への理解を通して世界を知ることこそ、印術師の本懐だとアルエットは感覚で分かっていた。言葉を覚えただけの自分には印術師を名乗る資格がないと思う程度には……、彼女は印術師なのだった。
「あたし、言葉の中身をちゃんと分かってなかった……!」
 今、「言葉」に「実感」を宿し始めた印術師は後ずさり、石に躓いた。そのまま受け身も取らず転ぶ…かと思ったが、抱き留められてそれも阻まれた。彼女の小さな背は、大きくふかふかの手に受け止められる。アルエットが、ひくひく、としゃくり上げながら振り返ると、白獅子の姿があった。
「……どうした?」
 心配で眉間に皺を寄せて、獅子の姿をしたイクサビト…仲間であるタイホウは尋ねる。アルエットが怖がらないように、囁き声だった。アルエットは答えようとして息を吸い、息を吸ったことで気管が震え、泣き出した。
 声を上げずに泣き出すアルエットの背中を、タイホウは擦ってやる。アルエットはタイホウの白い毛皮を掴んだ。
「あ、あたし、わ…分かって、ない、の…!」
「……何を、だ?」
「文字の、…言葉の、意味…、分かってなかったの……!!」
 意味、とタイホウが低い声で囁いた。少しの沈黙の後、タイホウは問いかけた。
「…分かってないことに、気が付いて……、驚いたのか?」
 アルエットはタイホウにしがみついて、こくこくと頷いた。驚いたのだな、とタイホウは繰り返し、ゆっくりとアルエットの背中を擦る。アルエットはしゃくり上げながら、時間をかけて呼吸を整えた。少女の喉の奥から漏れる呼吸が上擦ったものでなくなり、横隔膜の痙攣が収まったタイミングで、タイホウは静かに声をかけた。
「……アルエット。気が付いたことを、もう少し詳しく話してくれるだろうか?…私は、正しく理解したいのだ。君が泣くほどの事柄を、誤解したくはないのだ。」
 アルエットはこくんと頷き、顔を上げた。手はまだ、タイホウの毛皮を掴んでいる。しばらく離すとは思えない。
 しゃくり上げながら、アルエットは必死に口にした。
「ルーン詩…」
「…うむ?」
「ルーン詩に、あるの。『人(マン)は喜びの中では、…頼もしきもの。……、だが、仲間を失う運命にあり。神の命によりて、哀れな人々は地に葬られる。』」
「……人を表す詩か?」
 アルエットは頷いてから、タイホウの毛皮にしがみついて顔を埋めた。
「あたし、小さいときからルーン詩を覚えてたの…。人(マン)がどんな意味を持ってるか、分かっていた。分かってると思ってた。…なのに、タイホウもカナリも…死なないって思ってた。こんなに怖い詩だと、思ってなかった…!」
「……我々に生きてほしい、ということなのだな。」
「うん。だから、尚更、あたしはルーンを正しく知らなきゃいけないの。あたしは印術で二人を守るんだから…、ルーンを正しく知らなきゃいけない…!」
 タイホウはアルエットを背を撫でながら、ありがとう、と伝えた。アルエットは、あたし二人が大好きなのよ、と囁いた。
「二人に会って、『人(マン)は喜びの中では、頼もしきもの。』って意味が、分かったの。どういうことか、分かったの。カナリもタイホウも、頼もしくて、あたしの『喜び』なの。」
 詩の意味が分かったの、とアルエットは囁きながら震えた。
「でも、同じだけ、『仲間を失う運命にある』ことも分かったの…!今、やっと分かったの…!とても優しくて怖い詩なの…!そんなことも知らないで、あたしはずっと言葉だけ使ってた。印術師なのに、文字だけを追いかけてた。そんなニセモノの印術師だったの…!」
 アルエットは大きな目に涙をためて、タイホウを見上げた。
「ニセモノなのに、二人を助けてるつもりになってたの…!」
 タイホウはじっとアルエットを見つめ、ふっと小さく息を吐いた。イクサビトの表情の変化は、人間にはよく分からない。ましてタイホウはイクサビトの中でも表情豊かな方ではないのだが…、アルエットは彼が微笑んだことを認識した。
 タイホウは爪を収めた手で(彼は獅子型なので爪の出し入れが出来た)、しかしそれでもアルエットに傷などつかないように細心の注意を払って、彼女の涙を拭ってやる。
「アルエットは良い子だ。」
 低い声がそう告げて、アルエットはふるふると首を振る。タイホウは明らかに苦笑を漏らした。そうして、アルエットを片腕だけで抱き上げる。
「里に戻ろう。体も冷えてしまう。」
「……でも…」
 アルエットは気持ちの整理が出来ていないらしく、素直には頷かなかった。しかし、寒さに身震いして、タイホウのたてがみにしがみつく。タイホウは、ゆっくり帰ろう、と言い、里に向かって歩き出した。
 タイホウの歩みはゆっくりだった。質実剛健な性格そのもので無駄な動きをしないタイホウにしては、本当にゆっくりだった。
 まるで、ゆりかごの中にいるような動き。アルエットは、タイホウのたてがみをモフモフと撫でながら大人しく運ばれることにした。
「…アルエット。」
「…うん。」
「私たちを好いてくれて、ありがとう。私も、カナリも、君が大切だ。」
「うん。」
「……と、こんなことを、」
「……うん?」
「…私が言うようになるとは、思っていなかった。」
 アルエットはタイホウを見上げた。タイホウもアルエットを見た。
「先ほど……君は、詩の意味を知らなかった、と言った。…私も同じだ。『唯一無二』という言葉を知っていても、そう思える相手がいたのか、と言われたら、……果たしてどうだったのだろう?何せ、私は修行しかしてこなかったから。」
「…あたしも同じだよ。印術の勉強ばっかりしてきた。」
 12歳の少女と(人間の年齢に換算すれば)30代半ばにもなるイクサビトの男では、その人生の使い方は全く別のものだ。…そう思ったが、タイホウは「同じだな。」と笑った。笑ったあとで、タイホウは低くも柔らかい声で続けた。
「…もし、言葉を正しく知っていても…私がそれを誰かに伝えるなど…考えたこともなかった。…特に、大切な相手に「大切だ」と伝えるなど…考えたこともなかったのだ。」
「…タイホウが、カナリに「好き」って言わないのも?」
「…………むうう……。それにはまた別の理由もあるのだが…」
 カナリへの好意は否定しないタイホウに、アルエットは首を傾げた。
「恥ずかしいの?」
「…無論、それもあるのだが……、……いや、そうではなくてだ。私は、君たちに会うまで、自分の『想い』が何であるのか、確かめたいと思ったことがないのだよ。」
「……あたしたちに会うまで?」
 そう、君たちに会うまで。と、タイホウは繰り返した。
「いくら言葉を並べても想いを表すには足りないこともある。逆に、たった一言が全てを表すこともある。饒舌さや語彙力や描写の豊かさが、想いと釣り合うわけではないが…、」
 ふとタイホウは言葉を止めた。難しい話だろうか、と彼が呟いたのを聞き、アルエットは首を振った。
「…分かるよ。文字が書けても、あたしはその文字のホントの意味を分かっていなかったの。書けることと知ってることは、同じじゃない。そういうことでしょう?」
「君が賢い子で助かる。」
 では話を続けよう、とタイホウは言った。無口な彼にしては饒舌だった。きっと、あたしの為だ、とアルエットは理解した。今、まさに彼はそういう話をしている。この想いが大切だから語るのだ。大切だと想える相手だから話すのだ。
「言葉とは不思議なものだ……が、…君は怒るかもしれないが、言葉とは、きっと手段にすぎないのだ。」
「手段……。」
「君たちを大切に思っている私がいることを、私が知るための手段だ。」
「……文字も、手段?」
「そう…ではないだろうか?イクサビトにとって、武が仲間を守り己を高めるためのものであるように、君たちにとって文字は…世界と自分を知るための手段ではないのか。カナリも、舞踏は自分との対話だと言っていた。いずれも自分を知るための手段。」
「……自分を?」
「君は、今日、知ったではないか。『自分は知らない』ということを。」
 タイホウはアルエットの頭を撫でた。
「文字は君を導いている。そして、君は文字に導かれている。その点で、君は正しく印術師だ。文字の導きを、きちんと受け止めている。」
「……そうなのかな……。」
 頭を撫でられながら、アルエットは目を擦る。タイホウの歩みによる揺れと彼の低い声、ふかふかの体毛とぬくぬくとした体温。そして安心感で、急に睡魔が襲ってきた。
「私はそう考えるよ、アルエット。君は、私たちの自慢であり、大切な仲間だ。」
「……、うん……。」
 アルエットは頷きながらも、瞼は落ちてきた。
「あたしも……タイホウが、大好き……」
 それだけをどうにか告げて、アルエットは眠りに落ちた。それだけは伝えたいと思ったのだ。言葉が手段なら。この安堵を確かめることが出来るなら。安堵をもたらしてくれる彼への感謝を、伝える手段が自分にあるのなら。それを伝えたいと思う自分がここにいると、伝えることが出来るなら。
 たてがみを掴んだままで眠りだした少女に、タイホウは苦笑を浮かべた。出来るだけ静かに、しかし足早に里に向かう。里に着くと、カナリがキョロキョロと歩き回っていた。
「……タイホウ!アルエットは見つか……!」
 タイホウの姿を見つけて、青い顔をしたカナリが駆け寄ってきた。が、彼がアルエットを抱いているのを見て、ほっと息を吐く。
「良かった……。見つけてくれたのね。」
 カナリは安心を見せた後、アルエットの顔を覗き込んで「心配したんだから。」と頬を膨らませた。タイホウは、うむ、と頷いて、
「君も、アルエットが大切だからな。」
「当たり前よ!勿論、あなたのこともよ!」
 と、カナリはタイホウにしがみつく。タイホウは、ぐう、と呻くような音を喉から漏らし、
 しかし、手段があるのだから、
「……私も、」
 髭を揺らしながら、伝えることにした。
「…私も、君たちが大切だよ。」
 その一言にカナリが微笑み、それを見ながらタイホウは真に理解した。
 
 ―― ああ、『喜び』はここに在る。



『ᚹ 喜び(ウィン)とは、求めぬ者、痛みも悲しみも知らぬ者には必要なきもの。富める者、至福を知る者、豊かな者が享受するもの。』
                   ―― アングロ=サクソンのルーン詩より




---------------あとがきのようなもの-------------------

作中のルーン文字及びルーン詩は、アングロ=サクソンルーン文字を使っています。
ルーン詩の訳は「ルーン文字 古代ヨーロッパの魔術文字」
          (ポール・ジョンソン著 藤田優里子訳 創元社)を参考にしています。



とりあえず、言いたかったところは
『饒舌さや語彙力や描写の豊かさが、想いと釣り合うわけではない』の辺りです。
あと、ギルド『ベオーク』のコンセプトは
「うちの世界樹3話のギルド『ファクト』を萌えの方向にブラッシュアップ」でした。




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