まよらなブログ

小話:「傘は一本」



以前、ツイッターでつぶやいた

『急な雨が降ってきたので傘を持たずに出掛けたあの人を、傘を二本持って迎えにいこうとしたら
 「ホントに気が利かない!」ってテンション高い爺ちゃんに傘を一本へし折られる』話、

を書きました。

このタイミングかなーと思って、アップします。




書いた話は追記に記載します。
興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。



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** 傘は一本  **


 雨が降ってきた。
「…む、」
 雨が、屋根に。木々に。地面に。当たり続ける音がする。水滴が当たる音が連続して鳴り、ざああ、と纏まった音になっている。
「これは、いけない。」
 と窓際で本を読んでいた男は本を閉じて立ち上がった。図書室から出て廊下を歩き、途中で壁に立てかけてあった黒い傘を二本、取る。廊下の先の扉を開ける。その先は、高い天井が広がって、雨空の薄い光を高い位置の窓が取り込んで、空間にはひんやりとした空気が漂っている。そこは石造りの聖堂だ。礼拝の時間でもなく、人はいない。ただ一人、聖堂の入り口である大きな扉を開けて「おおう、雨だあ」と呟いている老司祭だけがいる。
「司祭様、リコリスを迎えに行ってきます。傘を持っていないと思うので。」
 その司祭に声をかけた。司祭は外を見ながら頷いた。
「うん。こんな雨じゃあね。濡れて風邪でも引いたら大変だ。行ってあげて、アレク。」
 はい、とアレクと呼ばれた男は頷いて、扉の外で二本のうち一本の傘を開こうとし、
「アレク、」
 と、老司祭に呼び止められた。
「はい。」
「なぜ、二本?」
「はい?」
 傘を開こうとする姿のまま、男は司祭に問い返した。
「二本?」
「そう、二本。」
「…………。」
 男は首を傾げて、
「何が、ですか?」
「傘が。」
「傘?」
 と、今まさに開かれようとしている傘と、腕に柄を掛けてぶら下げているもう一本の傘を見て、「あ」と声を上げた。
「そうですね。これはいけない。」
 男はそう言って傘を一度閉じ直し、腕に下げたもう一本の傘をとる。司祭はこくこく!と満足そうに頷いた。
「そうそう。女の子を迎えにいくんだもの。その傘はわしが預かろう。」
「はい。お願いします。」
 司祭に腕に下げていた黒い傘を渡し、
「もっと可愛らしい傘を持ってきます。リコリスが持って、似合うような…」
 そう言って、廊下に戻っていこうとする。司祭は、
「っっホンットに気が効かない!」
 と叫んで、渡された傘をへし折った。
「し、司祭様!物は大事に」
 注意しようとした男の鼻先に、司祭は折れた傘の先を突きつけた。
「この朴念仁!女の子を迎えにいくんだから、傘は一本だよ!」
「何でですか!?」
「馬鹿なの!?相合い傘で帰っておいでってことだよ!」
「しかし、一人一本ずつ差した方が濡れませんよ?」
「馬鹿なのっ!?リコちゃんの方に傘を寄せるに決まってるだろうが!お前は濡れるつもりで行くんだよ!」
「それでも一人一本の傘の方が、濡れにくいじゃないですか。私は、リコリスに寒い思いをさせたくないです。」
「馬鹿なのッ!?リコちゃんがそんなに大事なら、お前のためにも傘は一本だと思うんだけど!?」
「?私も風邪は引きたくないので、私のためにも二本必要ですよ?」
「あああああ!!もう!なんでこんな風に育っちゃったんだろう!?育てたの、わしだけど!」
「はい!私も、私を育ててくれた方が司祭様でよかったと思ってます!」
「ありがとう!わしもアレクを育てることができて嬉しいよ!で!いいかね!?そんなアレクが迎えにいく女の子は、料理上手で少し卑屈だけど優しい働き者の女の子だよ!」
「はい!リコリスは親切ですし、細々としたことも丁寧にやってくれます!その自分の良さに気付いていない、そこが勿体ないような…むしろ美徳であるような控えめな女性です。そして、作るご飯はとても美味しい!」
「そうだよ!いい子だよね!あの年でむちむちぼいーん、だしさ!」
「リコリスは女性の体の特徴のはっきりした体格をしてますし、魅力だと感じる人は多いと思いますが、そのような言い方は、」
「難しい言い方をしているが、リコちゃんは胸が大きくて腰が細くて肉体的にも魅力的だってことは分かってるんだな!お前、実はムッツリだからな!」
「他者の肉体に興味があることは罪ではなく自制できないことが罪なんだ、と仰ったのは司祭様ですよ?」
「うん!言ったね!覚えてないけど、わしが言いそうな言葉だね!嫌がる相手を無理矢理にっていうのは絶対にだめだけど、お前の場合はちょっと自制しないぐらいでちょうどいいような気がするな!押し倒せとは言わないが、既成事実は作ってほしい!」
「しかし司祭様。私も聖職にあります。」
「うちの教派、助祭は結婚できるんだからそんなに固く考えないの!わしは、リコちゃんにお前のお嫁さんになってほしい!そして、孫のような子を抱きたい!!」
「司祭様。そんなことを言ったら、リコリスが嫌がりますよ。」
「馬鹿言うんじゃないよ!リコちゃんはお前のこと大好きだからね!?」
「しかし、昨日も私は彼女を怒らせてますし、その度にひっぱたかれますし、嫌われてはいないとは思いますが、一生を添い遂げる相手にしたいとは思ってないと思います。」
「そういうところがリコちゃんを怒らせてるっていい加減に分かりなよ!いくら寛大なわしでも、ホントにホント怒るよ!!」
「ところで司祭様。」
「なんだね!?」
「そろそろリコリスを迎えにいきたいのですが…、よろしいでしょうか?」
 と、男は空を見上げながら心配そうに続けた。
「リコリスのことですから、走って帰ってきてしまうかもしれません。早く迎えにいかないと。」
「む、分かった。この話は帰ってきてからにしよう。」
「なので、傘をもう一本、」
「いいから、その一本だけで行きなさい。わしに傘を折られたと言えばいい。そしたら帰ってきたリコちゃんに、わし、感謝されちゃう!やったー!」
「なぜ、 『やったー』???」
 男は首を傾げたが、もはや傘をもう一本持って行くことは無理そうなので、傘一本で迎えに行くことにした。では行ってきます、と言い、聖堂の入り口に立って一本の傘を開こうとし、 
 ぱしゃり、と水が跳ねた音と「戻りました」という女性の声を聞く。傘を開きながら、はわ!と男は声を上げ、
「リ、リコリス!すまない、迎えにいこうとしたんだが間に合わなかった!濡れてしまっただろう!急いで中へ……」
 開いた傘を慌てて閉じ直し、女性を中に迎え入れようと顔を上げた男は、長い黒髪の女性と黒猫を抱いた少年が一つの傘に入って帰ってきたことに気が付いた。女性が傘を差し、少年と彼が抱く猫の方へ傘を傾けている。傾きに気が付いた少年が「リコが濡れちゃうだろ!」と言って女性側へ傘を傾くように直しながら、二人と一匹は聖堂へと帰ってくる。
 聖堂に入ると、黒猫は少年の腕から床へと飛び降りた。少年は、頬を膨らませ腕をぷりぷり振り回しながら、司祭に告げた。
「ケリー!リコはずっとこうなんだ!おれの方に、傘、出してくるんだよ!」
「ふむ。リコちゃんは優しいからね。」
「そうだけど!ケリー、言ったじゃんか!女の子を迎えに行くときは、傘は一本で、で、傘は女の子が濡れないように差すんだよって!でも、おれよりリコの方が背が高いからさ、リコが濡れないようにリコに傘を持っててもらったんだ。そしたらさ、リコ、おれが濡れないようにするんだもん!」
「ああ!リンデは天使である前に紳士だね!アレクにお前の爪の垢を煎じて呑ませたい!!」
 少年の言葉に、ケリーと呼ばれた司祭は両手を組んで感動を示しながら、わざとらしく口にした。「なぜ?」と男が隣で問いかけたが、それには答えなかった。少年も司祭の発言は特に気にもせず、女性に向かって背伸びをし、ずい!と顔を近づけた。
「リコ!えーっと、あれだよ、えーっと、……そうだ!男のメンチカツは立てないといけないんだぞ!」
 完全に言い間違えながら、ぷうぷうと頬を膨らませる少年に、女性は傘を閉じながら小さな笑みを浮かべた。(司祭が「うん、メンツって言いたいんだね」と補足した。)
「ありがと。私、ほとんど濡れてないもの。リンデが、迎えに来てくれたおかげ。」
「…ホントにホント?」
「うん。ホント。それに、クロネコを抱いててくれたから、クロネコも濡れずにすんだ。全部、リンデのおかげ。」
「なー。」
 女性の言葉に同意するように、黒猫が鳴く。少年は、ぱあ、と顔を輝かせる。それに女性も吊られるようにして「ありがと」と微笑んだ。仲のいい姉弟のような様子の二人だが、
「……リンデ、」
 男は声を低くして、少年を呼んだ。
「うん!なに!?」
「リコリスを迎えに行ってたのか?」
「うん!屋根で寝てたら雨が降りそうな天気だったからさ、リコを迎えにいったんだ!リコが寒い思いしてたら、おれ、やだもん!」
 な?と少年は女性を見上げる。女性は、ありがとう、ともう一回お礼を言い、
「お礼に、リンデの食べたいおやつを作ってあげる。何がいい?」
「いいの!?じゃあ、じゃあね、うーーんとうーんと……、いも餅!」
「ん、分かった。リンデも手伝ってくれる?」
「うん!いいよ!」
「…あ、でも、まずは濡れた服を着替えないと。着替えたら、台所に来て。」
「リコちゃん!わしも!わしも、いも餅食べたい!わしも手伝うから!」
 司祭がはいはーい!と手を上げる。女性は頷くものの、少年への応答よりも冷ややかな声で
「分かってます。でも、ケリードーン司祭様。手伝いはしないでください。」
「なんか、わしには辛辣じゃない!?」
「この前、手伝うフリして蒸しパンにタバスコを入れたのは………」
「ああ!分かった!分かってるよリコちゃん!アレクが辛いもの苦手だから、克服させてあげようとしただけなんだよ!」
「間違って村の子どもは食べたらどうするつもりだったんですか!」
「ちゃんとわし、気をつけたもん!激辛蒸しパンを、ちゃんとアレクのお皿に乗せたもん!子どもたちは無事だったんだから、いいんだもん!」
「あの、司祭様。私は死にそうだったんですが。」
 と助祭が異議を唱えるが、誰にも聞く耳は持たれなかった。女性も、司祭の言葉にだけ反応して、
「よくないです!私、助祭様の好みの味になるように、干し葡萄、たっぷり使って……!」
 顔を真っ赤にして抗議をする。司祭は、ほほう!と声を上げ、男は「え?そうだったのかい?」と聞き返し、女性は「ぴゃ!」と悲鳴を上げてエプロンを掴んだまま俯いて固まった。
「聞いたかね、アレク!リコちゃんは、お前のために蒸しパンを作ってくれたんだよ!この果報者!色男!」
「あの、司祭様。でしたら、尚更、私に謝ってほしいのですが。リコリスにも謝ってください。」
「分かったよ!リコちゃん、ごめんね!今度は邪魔しない!」
「…あの、リコリス。今度また、蒸しパンを作ってほしいな。その、干し葡萄、たっぷり使った。」
 女性は俯いたままで、こくこく!と頷いた。男は、にこっと微笑んで、
「司祭様のせいで味わえなかった、君の味、楽しみだな。」
 そう優しく伝えるのだが微妙な言い回しなので、女性は「ぴゃ!?」とまた悲鳴を上げた。ぷるぷると震えて男を見上げるが、当の男は完全に天然なので、「なに?」とにこにこ笑いながら首を傾げる。女性は、今度は苛立ちで赤くなってから、
「――ッ私!着替えてきます!!リンデ!手を洗ってきてね!」
 と乱暴に告げてから、ずんずん!と聖堂の奥に入っていった。
「…また怒らせてしまった…。何が、いけないんでしょうか…?」
「………、お前ねえ、どうしてそうイチイチ言い回しがいやらしいの?わざとなの?」
「え?何がですか?」
 理解できない様子の男と呆れきった司祭を尻目に、少年は「やったー!いも餅ー!」と両手を上げて喜ぶ。
「………そうだ、リンデ。」
 喜ぶ少年を見て、今度は男の方が不機嫌さを見せたので、少年は不可思議そうに首を捻る。
「何だよ、アレク。いも餅じゃない方が良かった?……あ!分かった!蒸しパンがいいんだろ!?いいよ!おれ、リコに頼んでくる!」
「そうじゃない。私も、いも餅は食べたい!」
「うん!いっぱい作ってもらおうな!」
「うん。そうだけど!」
 男は少年の肩をつかみ、ガクガク!と揺すりながら
「私が、リコリスを迎えに行くつもりだったのに!」
「あ、じゃあ、アレクのことも誘えばよかったな!急がなきゃって思って、一人で出てきちゃった!分かった!今度は誘う!」
 揺すられながら笑う少年に、男はムキになって答える。
「誘わなくていい!」
「え?そうなのか?」
「私が!迎えに行きたかったんだ!」
「え、でも、おれも迎えに行きたかったんだよな。」
「今度は、今度こそ、私が先にリコリスを迎えに行く!」
「分かった!今度は競争だな!おれ、負けない!」
「そうじゃないっ!」
「でも、競争したらもっと早くリコのこと迎えにいけるぞ!そしたら、リコもすぐに帰ってこられる!わあい!」
「わあい、じゃない!でも、リコリスのこと、迎えに行ってくれてありがとう!」
「うん!どういたしまして!」
 男と少年は、ガクガク揺すり揺すられながら、噛み合ってない会話をしている。それを聞きながら司祭は溜息をついた。なー、と鳴きながら足下に寄ってきた黒猫に同意を求めるかのようにぼやく。
「無自覚って、タチ悪いよねえ?」
「なー。」
 と、黒猫は同意した…ようだった。




---------------あとがきのようなもの------------------

この4人と一匹の設定はできてるので、機会を見て書けたらいいなーとは思ってます。
リンデと呼ばれている少年は、存在としては「天使」なんですが
「今回、まったく必要のない設定」なので書き忘れました。
なお、男と司祭の昔の話はこちらです。



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