まよらなブログ

ヘヴンズフォール : プロローグ


さて、本日より、長編オリジナル話を更新していきます。
「姫と騎士の純愛物語」という王道で行こうと思います。王道です。
個人的には『王道のすぐ横を並走する』少しズレた王道にしたいです。

タイトルは『ヘヴンズフォール』。
そこそこ長くなりそうな気もしますが、お付き合いいただけると嬉しいです。



まあ、読んでやってもいい、という方は「つづきを表示」からどうぞ。




『ヘブンズフォール』:プロローグ

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 『痛い』と言うより、『熱い』。
 胸を貫かれて感じたことは、そんなことだった。しかし、その熱も一瞬で、体は急激に冷えていく。穴の空いた胸から血液が流れ出し、体に熱を運んでいないからだろう。そんなことをと考える。急にやってきた息苦しさも、血液が体に空気を運んでいないためだろう。もしかしたら、片肺をやられているのだろうか?ショック死をしていないので心臓は逸れたのだろうか?即死ではない、とはいえ、2分も持つまい。そんなことを冷静に考える自分がいる。
 命の危機に瀕しても、走馬燈は巡らない。致命傷を受けた少年は、少しだけ失望した。走馬燈でも回ってくれれば、好きな人の顔を思い出して逝けるのに。
 目が霞み、思考も霞み、息は細まる。苦しい、という感覚すら鈍る。世界と自分を認識する力が、血液と共に自分から流れ出していく。それでも、残った力を少年は拳に集中させた。その拳の中には、紐のついたトンボ玉がある。
 掌には、紫のトンボ玉がある。夕方から夜に向かう時間帯、橙と群青が薄く薄く混ざり合った、透明な空の色。その空を写し取った淡く薄い紫のトンボ玉。その色は、大好きな人の瞳の色によく似ていた。
 …どうか、あなたは無事でいて。
 祈りながら、トンボ玉を握る。握るだけの力があったか、実際に握っているかも、もう分からない。ただ、ただ、祈りを込めて。今朝、14になったばかりの少年は、初恋の人の瞳と同じ色のトンボ玉を握りながら、自分の命よりも初恋の相手の無事を祈るのだ。
「――っ!」
 音…というよりも、空気の振動を感じた。よく見えない目をどうにか開ける。至近距離に、薄い紫色の空を見た。
「ラファル!」
 奇跡のように、声が聞こえる。少年は、目を見開いた。実際、見開けたかは分からない。だが。――だが。その視界は、見えなくなったと思った視界は、確かに紫色の瞳を捉えた。
「ラファル!しっかりして!」
 顔を寄せて自分を呼ぶのは、紫の瞳を持つ初恋の人だ。それを認識した途端、少年の視界は再び霞んだ。ああ、あなたが無事ならそれでいいんだ。そう安心して、少年は微笑んだ。もう、その人の顔は見えない。見えないが、その人の顔を知っている。自分より14歳も年上の、綺麗な女性だと知っている。長くて美しい銀髪のことも、ほっそりとした体躯のことも知っている。小柄な少年に毎日牛乳飲む決意をさせたその背の高さなどは、身をもって知っている。細い指のことも知っている。きっと今も自分に触れているのだろう。
 もう、声も聞こえない。だが、その穏やかな口調も、澄んだ音も、時に迫力を持つ響きも、知っていた。理不尽な運命の中でも己の使命を果たそうとする誇りの高さも知っていた。軟禁生活の中で祭りに出られたときの無邪気に喜ぶ様も知っていた。自分は知っているのだ。彼女の持っているトンボ玉は深い藍色をしていて、夜空のようだ、と言ったら、「いいえ、あなたの目の色よ」と微笑んだことも。今朝、「お夕食のときに、あなたの誕生日のお祝いをしましょうね。ケーキを焼いてもらわなきゃ!」と手を打って微笑んだことも。
 一年足らずだが共に居られて、彼女のことを知ったのだ。もう自分は認識できないが、今もそのままの彼女でいるだろう。だから、少年は幸せな気分で、人生の幕を落とすことにした。真の意味でまだ始まっていない人生だったかもしれないが、その幕を落とすことにした。
「…いやよ!ラファル!あなた、今日、14歳になったばかりなのよ…!まだ、まだ…!まだ、あなたは生きなきゃ、」
 女性は血に染まることも厭わずに、少年の胸を押さえる。【龍】と呼ばれる、この世ならざるものに貫かれた胸を抑える。ああ、でも、間に合わない。治療の力をもつ【妖精返り】でも、きっとこの傷は癒せない。それほど、少年の体は死に肉薄している。
 でも。
「死なせない…!」
 女性は、唇を血が出るほど噛みしめてから、呟いた。
「死なせない……!」
 たとえ、どんな手段でも。たとえ、それが禁忌と呼ばれる力でも。たとえ、自分の誓いを破ることになったとしても。
 ――たとえ。天が墜ちるとも。
「私が、あなたを死なせない…!」
 そして、女性はそのための力を発現させた。
 それは、彼女が初めて通した『我が儘』だった。


******

 ラファルは、はっと目を開けた。
 その目の前にあるのは、工具箱だった。女性の顔ではない。
「……、」
 のそり、と体を起こす。作業台に突っ伏して寝ていたようだ。小さな作業部屋には、朝の白い光が射し込んでいる。
 ああ、夢だったのか、とラファルは囁いた。
「……、何度、同じ夢を見てるんだか。」
 声変わりの始まったハスキーな声でラファルは囁く。さらさらとした黒髪を掻き上げて、息を吐く。目の前の作業台には研磨済みの金属の輪が3個載っている。作業を終えて、そのまま眠ってしまったようだ。
 ふと、椅子の足下に丸まって落ちているブランケットに気がついた。わざわざ肩にかけてくれたのに、落としてしまったらしい。ラファルは、立ち上がりブランケットを拾い上げた。作業をしている自分を気にして、真夜中に寄ってくれたのだろうか。そうだとしたら嬉しいが、
「……騎士、失格だよなあ。」
 それでも幸せだと思う自分を隠しきれずに、ラファルは苦笑と微笑を半々で浮かべた。ブランケットにぼふん!と顔を埋めて3秒、「よし」と呟いて顔を上げた。
 時計を見る。朝6時。普段通りなら、このブランケットを掛けてくれた人は庭に出てくるはずだ。窓を開けて声をかけよう。そして礼を言おう。そのためにまず、…ヨダレの跡など残っていたら大変だ。作業室の壁につけられた小さな洗面台の鏡を見る。
 鏡に映るのは、少年だ。ツナギを着て、薄い紫のトンボ玉のペンダントを胸の前に下げた少年だ。さらさらとした黒髪と、夜の空のような藍色の目をした少年だ。ぱっと見たら女の子と思われるような顔立ちと線の細さをもつ少年だった。髪に手櫛を通す指は節くれていて、少女の手とは違う、という点でも少年だった。14歳だが、身長は155センチもない。男臭さがまるでない少年だった。その姿は、どうしようもないほどに少年だった。
 大人になる直前の少年の手をラファルは見やり、いつまでも変わらない、と囁いた。
 その暗い囁きを打ち消すように…、そんな意図は本人たちにはないのだが…、外から騒々しい少女の声とおっとりとした女性の声がした。
「姫様!姫様!人参を植えるのはいかがでしょうか!?」
「ええ、ええ。そうね、エアリアル。それはいい考えだわ。サラダにしてもいいし、カレーに入れてもいいものね。…そうだ!私のお世話をしてくれるお礼に、育った人参をあなたに贈るわね!」
「ふぁああああ!?そ、そんな…!そんな!恐れ多い!わたしは、ただの侍女…いいえ、侍ウサギですよ!お礼だなんてお礼だなんて!そんな!いけないですよ!」
「あらあら。私の土いじりに付き合ってくれてるんだもの。それぐらいさせてほしいわ。」
「そんな!雑草も食べ放題ですし姫様と過ごせますし、わたしが姫様のお供をさせていただいているのですよ!これ以上、望むなど…!不遜!不遜ですよ!」
「あらあら。じゃあ、みんなのお食事に使いましょうね。エアリアルもいっぱい食べてちょうだいね。」
「はい!このエアリアル、よく味わって食べますよ!」
 かなりどうでもいい会話を聞いたラファルは、愉快に笑って窓を開けた。庭に並べたプランターへジョウロを持って行く初老の女性と、その後ろをぴょこんぴょこん!とついて行く白いウサギが居た。
「ひーめさん、」
 上機嫌に、窓から女性を呼ぶ。女性は振り返り、ぱあ!と顔を綻ばせた。
「ラファル、おはよう。」
「ん。おはよう。」
 朝から満面の笑みを向けられて、ラファルは自分の頬が緩むのを自覚した。60になる女性は年は重ねてなお美人で、その美人が無邪気に自分に笑顔を向けてくる。しかも、その美人は自分にとって特別な人だ。頬の締まりがなくなるのも仕方がない、と思う。
 ラファルは窓辺に頬杖を付き、その女性を穏やかに見つめた。女性の胸の前に、濃い藍色のトンボ玉のペンダントが下がっている。今日も身につけてくれている…と思うと、さらに頬がゆるんでしまう。いっそ、このまま溶けてしまえ。
「毛布、ありがとう。姫さんが掛けてくれたんだろう?」
 礼を言うと、女性は、あ、と声を上げ、プランターの前にジョウロを置いてから、ラファルの前まで小走りに駆けてきた。そして、ラファルの前で腰に手を当て、仁王立ちになる。怒っている、という仕草らしい。が、可愛いとしか思えないので逆効果だ、とラファルは思った。年を重ねてなお美しいこの人は、年を重ねてなお愛らしい。
「そうだ、それよ、ラファル。家主さんにもお仕事は途中でいいから寝なさいって言われてたのに、お仕事してそのまま寝ちゃうなんてダメよ。…起こすともっとお仕事しそうだから起こさなかったけど、ホントはベッドで寝て欲しかったのよ。」
「ん。ごめん。」
「反省してないわ、笑ってるもの。」
「姫さんが、おれの心配してくるのが嬉しくて。」
「私は、心配させないでほしいわ。」
「ん。でも、ちょこっとはさ、心配して欲しくない?」
「ラファル、言い逃れはさせませんよ。家主さんだって、あなたのことを心配して、わざわざちゃんと寝るように、って言ってくれたのよ。家主さんに言いつけますよ?」
「分かったよ、姫さん。次は気をつけるからさ、親父さんには言わないで。」
「もう!約束よ。」
 といって、女性は小指を差し出した。ラファルはきょとん、とその小指を眺め、そして弾けるように笑い出した。
「ラファル!何ですか!?姫様に向かって、失敬な!」
 少女の声でラファルを咎めたのは、女性の足下で跳ね回っている白ウサギだ。【妖精返り】の力で人語を発する白ウサギはキーキー!と声を荒げたが、女性に「家主さんが起きちゃうわ。」と言われると途端に静かになった。女性はラファルを見て、
「でも、ラファル。「指切り」って、こうやるんじゃなかったかしら…?あなたが教えてくれたもの、私、間違えてしまった?」
「ううん。合ってる。」
 ラファルは、ああ、と溜息を吐いて、
「覚えてくれたんだ、と思って。」
「もちろんよ。あなたと沢山、約束したものね。」
「そうだね。」
 最後にした約束は…、「夕飯で14歳の誕生日を祝いましょう」というものだった。「夕飯の時間に、私の部屋に来てね」と小指を絡めて約束したのだ。……果たされなかったが。果たされなかったことを、この姫君は覚えているだろうか。
 ラファルは思いを馳せながら、女性の指に小指を絡めた。
「約束ね。」
「…ん。」
 ラファルは神妙に頷いた。ただ、以前の約束が果たされなかったことを考えていたので、今の約束の内容は意識していなかった。
「あれ?で、何の約束だっけ?」
「もう!夜はちゃんと寝るの!」
「ああ、そうだ。そうだった。」
 ラファルが笑い、女性は「覚えてなかったら、針千本よ!」と頬を膨らませる。覚えたよ、とラファルは手を振ってから、
「姫さん。これから水やり?」
「ええ。あと草むしりも。」
「姫様!邪魔な草は!このエアリアルが!食べ尽くしてやりますよ!」
 後ろ足で立ったウサギが、てしてし!と前足で己の顔を叩く。(胸を叩く動作の代わりらしい。)頼もしいわあ、と微笑む女性に、
「おれも手伝うよ。」
 ラファルはそう言い、頬杖をついていた窓枠から身を起こす。女性は首を振り、
「いいのよ。ラファル、寝不足でしょう?朝ご飯までもう少しあるし、寝ていてちょうだい。」
「いいんだ。手伝う。」
 ラファルは窓枠から身を乗り出すようにして、歯を見せて笑った。
「ちょっとでも、姫さんと一緒にいたいんだ。」
 あらあら、と女性は笑い、ウサギは「きーー!わたしと姫様の時間でを邪魔するつもりですか!?」と猛抗議をし、ラファルは軽やかに笑いながら「待っていて」と言って庭に向かう。
 ――あなたと一緒にいたい。そうできるのなら寝不足も振り払い、そうできるその脚で隣に向かう。
 それがどれだけ短い時間であっても。一緒に居られない日がかならずくるとしても。何は無くとも。何があっても。許してもらえても許されなくとも。たとえ、天が墜ちるとも。
 それが、己の望みなのだから。


第1話-①に続く)


-----------あとがきのようなもの----------------

2月上旬に全データを消してしまう…という災難を経由して始まりました。

さて、この『ヘヴンズフォール』という話、
うちの世界樹3話の焼き直し及びリベンジという要素も含んでおります。
うちの世界樹話にお付き合いくださった方には、そんな部分もお楽しみいただけたら嬉しいです。
ちなみに、「アヴィー(うちの世界樹3話の黒ゾディ)の顔で、アヴィーでは言えないことを言う」
……というコンセプトからスタートして作られたのがラファルです。


次回の更新は、来週の日曜あたりでしょうか。
休みが不定期すぎて明白なことを言えないのですが、
だらりだらりと続きますので、気長にお付き合いくだされば幸いです。

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