まよらなブログ

29章1話。


「世界樹カンケーねえ!」な「世界樹の迷宮Ⅲ」妄想話です。


先週、お休みして申し訳ありません。
本日、29章1話と2話を同時更新します。



それでは、1話から。
興味のある方は「つづきを表示」からどうぞ。


29章1話
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 元老院で深王・・・ザイフリート王と会った翌日、グートルーネ姫に会うためにカリーナは【白亜の森】を進んでいた。妹が会いたがっている、というザイフリート王の頼みを受けてのことだった。【白亜の森】といっても五階層と呼ぶ迷宮の中ではなく、迷宮を囲む森の外れのことだった。そこは、アーモロード王家の庭として開いた場所で、王宮から一本の道で結ばれているらしい。しかし、途中で赤い鳥居をくぐり転移したので、実際は街からどの程度の距離があるのかは分からない。
 その細く長い道を、小ぶりの馬車に揺られて進む。道の両端の木々が馬車の屋根を撫で、かさかさと乾いた音を起てる。樹海の奥よりは地表に近いらしく、木漏れ日として差し込む光は明るい。時折、鳥の声がして、カリーナは「スハイルを連れてきたら喜んだろうな・・・」と考えた。
 馬車に乗っているのはカリーナだけだ。勿論、馬車には御者がおり、馬車を先導して馬に乗った衛士がいる。馬車の後ろにも馬がいて、リョウガンが乗っている。カリーナは時折馬車から身を乗り出して、リョウガンを振り返る。慣れない様子で手綱を持つリョウガンが心配だった。リョウガンの乗る馬は、まっすぐ歩いてくれない。それを前に向けさせようとして、馬の抵抗に会っている。従えようとするからこその、抵抗だ。馬は首を大きく振って、リョウガンを慌てさせた。
「・・・リョウガン、」
 カリーナは思わず、声をかけた。
「変わろうか?」
「私の面子、というものを・・・、・・・こら、まっすぐ歩け・・・!お考えください・・・!」
「・・・国に帰ったら、乗馬の練習しようね。」
 カリーナはそう言って、馬車に座り直した。さすがに一国の姫として招待された場所に、護衛なしで向かう気はなく、リョウガンを呼んだのだが・・・、
(クー・シーに頼めば良かったかな・・・。)
 と、頬を押さえて考え直す。クー・シーが馬に乗れるのかは知らないが・・・、あの老人は意外と何でも出来ることは知っている。やろうとしないだけだ。
 それでも、カリーナが自分の護衛として選ぶならリョウガンしかいないのだ。クー・シーはセイリアスの協力者であり、彼女に忠誠を誓っているわけではない。臣下と呼べる存在は、まだリョウガンしかいない。
(・・・・・・、私の力になってくれる人・・・、いるのかな・・・)
 カリーナは溜息をついた。祖父が被差別部族した仕打ちを思えば、フィデリオたちの部族の協力は得られないだろう。平民たちは、貴族のシンボルとしての王制を憎んですらいる。現王同様に貴族の利権を保証する気のないカリーナに、貴族は勝手に幻滅を抱くだろう。禄に後宮から出たことのないカリーナに、騎士は何も求めてはいない。敵ばかりだ、とは言わないが、歓迎されていないことは分かっている。
(でも、リョウガンだって、私のことを殺しにきたのに、今は臣下だもの。・・・力になってくれる人、きっといる。)
 カリーナはぎゅっと拳を握りしめた。馬車はゆっくり減速し、そして止まった。御者が到着を告げる。
 少しして馬車の扉が開くまで、カリーナは待った。リョウガンの声がして、馬車の扉が開くのを待つ。自ら扉を開けて、臣下の面目を潰してはいけない。
 扉は外から開き、カリーナは忠臣の手をとって馬車から降りた。待っていたのは、フローディアだった。
「わざわざ、出向いてもらってすまないね。」
「いえ。・・・元老院ではない場所でお会いするのは初めてですね。」
 そうだね、とフローディアは小さく笑って、付いといで、と踵を返す。
「姫様はこちらにおられる。」
「はい。」
 カリーナはそれに続き、白い森の中の小さな庭を歩き出した。


*****

 【白亜の森】には特別な結界が張られている。
 その結界の中にいることで、グートルーネ姫は己のフカビト化を抑え、【真祖】の力の影響も出来るだけ遮断していた。今、姫は人の体を取り戻しているのだから、結界の中にいる必要はない・・・はずだ。
 カリーナは赤い鳥居が周囲を取り囲む庭の中で、可能性を考えて身じろいだ。
 目の前には、大きな背もたれのついた椅子に身を預けているグートルーネ姫がいた。顔色はいつも通り良くないが、機嫌は良さそうだ。体調はよくないだろうに、客人であるカリーナに茶とお菓子を出すよう、侍女に楽しげに命じている。色鮮やかなマカロンがレースのような皿に載って、カリーナと姫の前に置かれた。
「急に、お呼び立てして、申し訳ありません。」
 グートルーネは、カリーナが紅茶とマカロンに口をつけたのを見てから、本題に入った。
「でも、・・・どうしても、お話を・・・お聞きしたかったのです。」
「は、はい。・・・ですが、何についてでしょうか・・・?」
 カリーナはそわそわと両手を擦り合わせる。それは彼女が狼狽したり緊張したりするときの癖だと、離れたところに控えながらもカリーナから目は離さないリョウガンは気が付いた。公的な場面ではその癖を見せないようにと、指摘しておく必要があるかもしれない・・・とリョウガンは思い、少し哀しい気持ちになる。カリーナの仕草は少女らしいものだ。それすら自由に出せないのは哀しいことだったし、・・・非常にリョウガンの私的な意見だが・・・愛らしい癖を指摘をして止めさせるなど勿体ない、とも思うのだ。
 グートルーネは、やはり体調が芳しくないのだろう。背もたれに体をを預けながら、溜息とも言えない小さな息を吐いた。彼女は菓子には手をつけず、茶も一口・・・付き合いというか毒など入っていないと示すためか、舐める程度に口をつけただけだった。マカロンが出されたのは、食欲がないグートルーネ姫でも可愛らしい色を楽しんでほしい、という侍女たちの心遣いなのかもしれない。彼女は、その明るい色の菓子を見つめながら沈んだ口調で問いかけた。
「・・・冒険のこともお聞きしたいのですが、その前に。・・・国に、お帰りになると聞きました。・・・本当なのですか?」
「・・・本当です。」
 カリーナは拳で胸を押さえる。それは彼女が落ち着こうとしたり、決意しようとしたときの癖だ。意志をもって動こうとするときの癖だ。その癖にリョウガンは気付いたが、その拳の下の服の下に、鮫の歯のペンダントが下がっていることには気付いていなかった。
 グートルーネは息を吐いた。
「どうして・・・と、問う愚かさを赦していただけるなら、理由を教えていただけますか?」
 理由など一言では語れない、とカリーナは思ったが、どれほど語っても自分が心の底から納得できる理由を見つけだせるとは思えなかった。ただ一つだけ、言えるとするならば、
「・・・それが、私の役目だから・・・でしょうか。」
 グートルーネは、お兄様と同じことを仰るのね、と哀しそうに囁いた。
「・・・100年前のお兄様と同じことを。・・・我々に責務があると理解は出来ます。その責務を果たそうとする兄は私の誇りでもありました。ですが、私には・・・とても真似できません。責務のために、愛する人々と別れるなど・・・、私は真似できません。」
「私は、貴女のお兄様とは違います。」
 カリーナは決然と述べた。
「・・・私は、個人的な理由で国に帰り、個人的な理由のある役目を見つけています。国への責務を果たそうとした貴女のお兄様のように、『高貴な者の義務』を果たせません。」
「個人的な理由で、個人的に親しい方々とお別れをするの?」
 私には出来ない、とグートルーネはもう一度囁いた。
「私は・・・独りは嫌です。だから、私は・・・、お兄様と再会するためだけに・・・国も騙し冒険者も利用しました。私は・・・貴女方のように強くは生きられませんでした。」
 私だって強くはない。そう、カリーナは反論したい気持ちに駆られた。だが、そんな衝動に駆られながらも、カリーナは別のものも見る。この姫は本当に・・・強くないのか?という疑問だ。
 グートルーネの目的は、兄王の力になりたい、というだけのものだった。その目的のために、フカビトの力を利用し生きながらえることを手段とした。甘言に騙された結果であっても、その手段を是とした。兄と会うという願いが妄執となり、事実を隠し、冒険者を幾人も死地に送ったことは、許してはいけないとも思うし、それは彼女の弱さであったかもしれない。けれど、100年。弱い人間は、100年を一つの願いに費やせたりはしない。
 まら、フカビトの力を利用し100年生きていたが、100年前はフカビトの力を封じることが目的だった。彼女が100年、その身にフカビトの力を封じていた結果、自我を手放さなかった結果、今の海都があるのなら・・・・・・、彼女は彼女の目的と手段でもって、国を守ったことにもなるのだ。
 その結果を、自覚してほしい。
 カリーナは痛烈にそう感じた。それを自覚したときから、彼女は「弱い」と思いこんでいる自分から、少しだけ別のものになると思った。『弱い』という思いこみから、踏み出すことで・・・
 ――― 海は360度、どこにでも行けるだろうが ―――
 耳の奥に声が響いて、カリーナは、あ、と息を呑んだ。祖父の人形のように生きていた自分と、『今』の自分が違う、と宣言させてくれた言葉が響く。あなたたちがいて、私はどこにでも行けることを知っている。そう言った、あの夕焼けの海こそが、私の始まりだったなら、
「私も、強くはありません。」
 この人にも、知ってもらおう。
「でも、グートルーネ様だって弱くもないはずです。」
 その気になれば、どこにでも行けることを。
「私は、100年も大切な人を探せません。きっと、どこかで諦めてしまいます。だって・・・その方が楽だから。別の大切な人を探してしまうかもしれません。それに、その100年、グートルーネ様はフカビトからの力の影響にも耐えて・・・」
 と、そこまで言って、カリーナは言葉を区切り、顔を上げてグートルーネを見つめた。カリーナの視線を受けて、グートルーネはぽかんと開いていた唇を閉じて、その唇を震わせた。
 グートルーネは今にも泣きそうだった。
(・・・体が人でないものに変わっていくのは・・・、・・・恐怖だ・・・・・・)
 カリーナは自分の手を見て、溜息を吐いた。グートルーネは(見た目は)自分とそう年齢も変わらない少女だ。その白い手が100年をかけて別のものになっていく絶望など・・・想像できるようで想像を絶する。
 願いに執着した彼女は、人としての意識を手放さなかった。手放してしまえば、楽だったと思う。手放さないからこそ、絶望も孤独も存在する。兄と会いたいと願うために、生じる孤独と絶望だ。兄と会えない孤独と、どちらが重いのだろう。
 しかし、姫が人としての意識を手放さなかったからこそ、海都はフカビトの侵略から守られている。
「・・・グートルーネ様が・・・100年・・・フカビトの支配に耐えたのは・・・・・・、ザイフリート様とお会いしたいという理由だけ・・・なのでしょうか。」
 カリーナの問いかけに、グートルーネは首を振った。やめてください、とか細い声がする。
「お気づきになったのではないですか・・・?自分の体がフカビトと化していくのをみて・・・このまま意識までフカビトと化したとき、海都の民を襲ってしまう。それは避けたいからこそ・・・、あなたは、100年を耐えたのではないのですか?」
「私は、そんなに、強い、姫ではないのです!ただ、ただ、兄に会いたくて・・・兄に会ったときに、せめて罵られたくはなくて、それだけで・・・【真祖】と【魔】からの意識の支配に耐えました・・・!それだけです・・・!」
 優しい言葉は掛けないでください・・・と姫は懇願した。いいえ、とカリーナは言った。
「・・・これはきっと、優しさではありません。」
 じゃあ、優しさは何なのだろう。カリーナは考える。仲間たちは優しいが、その優しさは何なのだろう。マルカブは優しい人だと思うが、なぜ自分は彼を優しいと思うのだろう。
 ・・・・・・、多分、・・・逃げ出さないからだ。
 アヴィーは人の死を見ながらも進むと言った。ディスケはケトスの前に立った。マルカブは約束したことを忘れない。だから、自分の責務から自分も逃げ出さない。そして、逃げ出さないと決めた以上、今も責務を果たすのだ。かつての自分と似ているこの姫を前に向かせることで、守りたいものを守るのだ。
「あなたは結果的に王族の責務を果たしました。それが出来る人なのです。私は、貴女が何を言っても、貴女のした多くのことを許せなくとも、100年を耐えた貴女の戦いには敬意を払います。」
「・・・、」
「だから、きっと、次も出来ます。」
 無力だという言い訳を言わせない。だから、優しくはない。少なくとも、甘くない。
「それに気付いたとき、きっと、どこにでも行けるのです。人形のように生きていた姫であっても、どこにでも行けるし、どこからでも帰ってこられる。」
 リョウガンが苦虫を噛みしめたような顔をする。カリーナを人形だと言ったのは、そもそも彼だった。だが、今、カリーナが自分が決めた行き先をもっとも理解しているのは彼だった。
 変わるのだ。自分も周りも。変わったのだから、きっとこれからも変わる。だから、目指す。自分の向かいたい方向を。世界が変わってほしい方向を。どこにいても、どこにでも行ける。
「海には道がないからこそ、」
 かつて言われた言葉をカリーナは告げた。彼が自分に言ってくれたようには、この姫には響かないことに気づきながら。しかし、それでいいのだと思いながら。私とマルカブの間で伝わったことが、私とグートルーネ様の間で同じように伝わって堪るか、と。同じように伝わらなくとも、その言葉の強さが伝われば、それでいい。
「360度、どこにでも行けるのです。」
 グートルーネはカリーナを見つめた。しかし、見つめる相手は私ではない、とカリーナは首を振り、
「周りを。」
 と、手の平を上げて、周囲を見回すように言った。グートルーネは右を向き、背後を振り返り、そして左を見た。一番近くにフローディア、斜め後ろにクジュラ、お菓子とお茶の置かれたワゴンの側に二人の侍女、クジュラの背後に衛士がおり・・・さらに庭の奥の東屋に静かにこちらを見守る兄がいた。
「・・・私が、同じ言葉をマルカブに言われたとき、彼は、私と一緒にいてくれる、と言ってくれました。私は、貴女と一緒にはいられない。けれど、貴女にはこれだけの人がいる。・・・だから、どこにでも行けるのです。」
 そして、とカリーナは続けた。
「私は、自分の兄を独りにしたくないし、国の混乱によって家族や友人や恋人を引き離されて独りになる人を出したくない。独りになる人がいてもいい、と言ってしまったら、マルカブの優しさを裏切ってしまう。私は、大好きな人を裏切りたくはない。一緒にいられなくても、裏切りたくはない。だから、帰るんです。」
 そして、カリーナは微笑んだ。
「・・・貴女と何も変わりません。私を強いというのなら、やっぱり貴女は強いのです。」
 グートルーネは、唇を震わせて、鼻を啜ってから・・・瞼を拭う。そしてその指を覆う手袋をとった。白い手の、その爪の先が点滅するように白と紫の色に変化する。グートルーネは、その指先に息を呑んだカリーナを見上げ、ゆるゆると首を振った。
「・・・一度、この身にフカビトの力を宿したのです。私は【魔】の活動の影響を受けやすくなっております。・・・再び、体を『人ではない』ものに作り替えようとしている力を・・・この結界の中にいることで防いでいるのですが・・・、それも十分ではないのです。」
 グートルーネは、それでも、その変色を繰り返す指先を愛おしそうに撫でた。
「この、白と紫の色の行き来は、私が戦っている証だと、そう考えていいのですね?」
「・・・・・・、グートルーネ様のお辛さを・・・私が正しく理解できるとは思えません。・・・ですが・・・、戦っていらっしゃることは分かります。」
 グートルーネは微笑んだ。指先が白に戻り、しばらく紫に変色しなかった。
「・・・この力にいつまで抗えるかは・・・分かりません。ですが、出来る限りは私は人として、・・・この海都の姫として、戦いましょう。それは、これから己の戦場に向かう・・・貴女への敬意です。」
 カリーナも微笑んだ。
「・・・貴女が戦っていると思えば、私も最後まで戦えます。」
 それは誓いの言葉でもあった。


  カリーナがフロレアルと約束をした『帰国』の日まで、あと9日。


(29章2話に続く)

---------------あとがきのようなもの-------------------

3章5話の内容と繋がりました。
3章5話がプリ子のスタート地点なので、
彼女が誰かに「あなたは本当はどこにでも行ける」と言えるようになるまでが、
この第一部の話なのかもしれず、
やっぱり第一部の主役はプリ子なんだと思いました。



なお、この25年後、
「あなたはどこにでも行けるんだから諦めるな」と導くプリ子がいるから、
黒シカが眉メディ子を連れてタルシスに向かい、
志水の世界樹4の話は始まっていくのではありますが、

・・・・・・それはまた、別の話。

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