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31章3話
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オリヒメは、海図の上のメモを見つけた。マルカブの字で「さよならを言いに行く」と書かれ、その下にディスケの字で「じゃあ、この地点で船を止める。任せろー。」と書かれていた。だから、彼女は「私はクジュラ殿にこの件を伝えてきます。」と書き添えた。
そうして、街に向かおうとした彼女は、カリーナの捜索から帰ってきたシェリアクに出会う。マルカブとディスケがやろうとしていることを、簡潔に説明すると、シェリアクは頷いて「私は、港に伝えてこよう」と申し出た。
オリヒメは、カリーナに別れを言うことは諦めた。その代わり、『アルゴー』が何にも邪魔されず、カリーナに「さようなら」を言えるように、街の中心街へと走り出した。
11時まで、まだ時間はある。11時の鐘が鳴るまで出来ることをすることこそ、オリヒメの別れの挨拶だ。
*****
11時の鐘が鳴った後、スハイルはぴーぴー泣きながら花を摘んでいた。アヴィーが「女の子にお願いするときは、花を持って行くといい。」と言っていた。だから、花を摘む。カリーナに「帰らないで!僕とずっと一緒にいて!」とお願いしながら、渡すのだ。
花摘みに一生懸命になっていると、ディスケの弩の音が聞こえた。慌てて飛び上がって見に行くと、船が一隻止まっていた。あそこにカリーナがいる、とスハイルはすぐに理解した。やたらと大量に摘んでしまった花を、急いで爪で抱え持ち、
「ぴぴーーぴーーー!」
スハイルは、カリーナを呼びながら迷いも躊躇いもせず船に向かって飛んでいった。ひらひらと落ちる花びらが海面に浮かび、スハイルが飛んだ跡になった。花びらを散らしながら、スハイルはどうにか船のマストまで辿り着いた。ばさばさとマスト周辺を飛び回りながら、カリーナを呼ぶ。破れた帆を張り替えようとしていた船員たちが、甲板の上でスハイルを指さした。「魔物だ!」と言って、スハイルを指さした。
「ぴぴーーーぴーーーー!!!」
スハイルが甲高くカリーナを呼ぶのと同時に、銃声が鳴る。チッ!という音を立てて、何かが、ものすごい高速で、スハイルの羽毛を掠めて飛んでいった。
「・・・・・・、ぴ・・・・・・?」
スハイルはマストに(花を潰さないように)そっと降り立ち、下を見下ろす。甲板に、船員と騎士たち。「魔物だ!」と言って銃を向ける者が数名。クー・シーが慌てて駆けてきて、
「やめんか!スハイルは船を襲いにきたんじゃない!」
と、止めようとするものの、それを聞き入れるものはいない。銃口はスハイルに向けられたままだ。
スハイルはぶるぶると震えた。怖れより、怒りで震えた。なぜ、カリーナと会うことを邪魔するのか、という怒りだった。
「ぴぴ、ぴぴよぴぴよーー!!」
自分は悪いサイミンフクロウじゃないピヨ!と主張するが、銃は一斉に火を吹いた。
*****
「何か、あったのかな・・・」
船が急に減速したことと船員たちの慌ただしい足音を聞いて、船室にいたカリーナは呟いた。飲み物を用意しているツィーが、え?と顔を上げた。
「・・・・・・ぴぴーーぴーー・・・・・・」
遠くからかすかに甲高い声が聞こえる。カリーナは息を呑んで、耳を澄ませた。
「・・・ぴぴーーーぴーーー!・・・・・・」
「スハイル・・・!?」
カリーナは思わず立ち上がり、続けて聞こえた銃声に真っ青になった。
「スハイル!」
船室を飛び出し、警護の騎士も振り払い(彼女はもう歴戦の冒険者なので、自国の騎士も振り払えた)、甲板へと駆け上がた。スハイルなら、きっと一番高いところにいる、と思ってメインマストを見上げる。風があるのに、マストに張られた帆がぺしゃんこになっている。そのことでカリーナは一度訝しげに眉を寄せた・・・が、マストの上から花びらと羽毛がふわふわと落ちてきたことに気が付いて、帆のことは一瞬で忘れた。
確かに、スハイルはマストの上にいた。そのマストの下には、スハイルに銃口を向ける船員たちがいた。カリーナが止めるよりも早く、銃口が火を吹く。
「ぴーーー!?」
スハイルの悲鳴とクー・シーの怒鳴り声が聞こえた。スハイルは素早く飛び上がり銃弾の直撃は免れて、ぴーぴー鳴きながらマストの上を飛んでいる。大量の花びらを振りまきながら、スハイルは飛び回っている。
「待って!」
カリーナはマストの下に駆け寄って、騎士たちの前で両手を広げた。
「スハイルを撃たないで!スハイルは、人を襲ったりしない!」
「・・・・・・、ぴぴーーぴ!!」
スハイルが一直線にカリーナの元に降りてきた。騎士たちが剣を、船員が銃をスハイルに向けるが、カリーナはスハイルを庇うようにして抱きしめた。
「スハイル!怪我はない!?」
「ぴぴーぴ!ぴぴーぴ!!」
「ごめんね、スハイル・・・!私のこと、追いかけてきたんだね・・・!?」
「ぴよ!ぴぴ、ぴぴーぴ、ぴよぴよ!」
スハイルはカリーナにしがみつき、そして持ってきた花を渡そうとしたが、
「・・・・・・・・・、ぴー・・・!?」
その花の花びらは、散っていた。先ほどの銃撃が、スハイルではなく花を撃ち抜いたのだ。
「ぴー・・・!?ぴーー・・・!!」
スハイルが甲板に降りて、茎と葉に茫然とした後、慌ててキョロキョロと周囲を見回した。そして、散った花びらを翼でかき集めた。
「お花・・・だったの?」
「・・・ぴよ!ぴぴーぴ、ぴよ!」
「・・・私に・・・渡すつもりだったの・・・?」
「ぴよっ!!」
スハイルは、それでも茎と花びらをまとめて、カリーナに差し出した。
「ぴぴーぴ!・・・ぴぴえぴ・・・?」
スハイルが発した鳴き声は、聞きなれていた。宿に帰ってくるとき、スハイルはそう言って出迎える。『アルゴー』の「おかえり」を真似した鳴き声で、仲間たちを出迎えるのだ。スハイルは「おかえり・・・?」と言っている。
「ぴぴえぴ!?」
しかし、それは疑問系だ。スハイルは「おかえり」と、出迎えているのではないのだ。「おかえり」と言っていいのかと、聞いているのだ。
カリーナは、スハイルがすっかり理解していることと、「ただいま」と言えないことにボロボロと涙をこぼした。スハイルは、ぴー!と首を振った。
「・・・・・・、ぴぴぃー!」
アヴィーの名前を出しながら、スハイルはアーモロードのある島を翼で指した。
「ぴぴぴ!ぴぴぴえ!」
続けて、ディスケとオリヒメの名前を出し、
「ぴよーぴん!」
マルカブのことも言って、スハイルはアーモロードの指し続ける。皆、あそこにいるのだ、と指し続ける。
「『ぴうよー』!」
『アルゴー』がそこにいるのだ、とスハイルは言って島を指し続けた。
「わ・・・分かってる!分かってるよ、スハイル!」
「ぴよ!・・・ぴぴーぴ、」
スハイルはもう一度島を指し、
「・・・『ぴぴえぴ』?」
恐る恐る尋ねてきた。カリーナは首を振った。
「分かってる・・・!あそこに『アルゴー』がいるの、分かってる!でも・・・私、『ただいま』は言えないの!」
「・・・ぴぴーぴ、『ぴうよー』、ぴーー・・・!?」
「私が、『アルゴー』を嫌いになるわけない!」
カリーナは、クー・シーの通訳無しに、スハイルの言いたいことを理解して答えた。
「ぴよ!ぴぴーぴ、『ぴうよー』、ぴよぴよ!」
「そうだよ!私、『アルゴー』が好きだよ!・・・・・・、でも、私、国に帰らなきゃいけないの・・・!そう、決めたの!」
「ぴーー!?」
スハイルはイヤイヤと首を振って、カリーナにしがみついた。カリーナはスハイルを抱きしめた。騎士たちは仔サイミンフクロウと会話をし、抱きしめて泣いている姫を見て、どうしたものかと狼狽えた。フロレアルが武器を下ろすように騎士に命じた。
カリーナは甲板に置かれた花の茎をつまみ上げた。
「・・・スハイル・・・わざわざお花を摘んできたの・・・?」
「ぴよ!ぴぴぃー、ぴんぴよよ、ぴよぴよ!ぴぴ、ぴぴーぴ、ぴぴぴぴよ!」
カリーナは近くに寄ってきたクー・シーを見上げた。クー・シーは、頷いてから
「アヴィーが、言ったそうです。女の子にお願いするときは花を持って行け、と。姫にお願いするから、花を持ってきたのだと。」
「・・・ぴ・・・、ぴ、ぴ・・・・・・ぴーーー!」
「・・・でも、花びらは散ってしまった、と。」
「ぴー!?」
スハイルはカリーナを見つめて、問いつめた。カリーナは首を振る。
「違うんだよ、スハイル!花びらが散ったから、私はスハイルのお願いを聞けないんじゃないの!そういうことじゃないの!」
「ぴー!?」
「ありがとう、スハイル・・・!」
カリーナは花のない花を取り上げて、鼻先に押し当てた。
「・・・・・・お花、うれしいよ!」
「ぴよ!?」
「スハイルが『おかえり』って言ってくれるのも、嬉しい・・・!」
「ぴよ!!」
「でも、ダメなの・・・!」
カリーナはしゃくりあげた。
「私、『帰れ』ない・・・!」
スハイルが『おかえり』と言っていいのか、と問いかけたから気が付いた。自分が本当に『ただいま』と言える場所は、『アルゴー』だ。『国』ではない!自分は、『国』に『帰る』のではないのだ!
「私の家は、『アルゴー』だよ!でも、私、『アルゴー』には『帰れ』ない!私、行かなきゃいけないの!」
カリーナの一言に、スハイルは本能で理解した。動物だから理解した。これは『巣立ち』なのだ、と理解した。子どもが成長したら巣から追い払う。追い払われた子どもは巣には戻らず生きていき、つがいになって子どもを産む。そうして、その子が成長したとき、また巣から追い出す。それがごく自然なことだと、刻みつけられた本能で理解する。
だから、スハイルは止められないことも理解した。けれど、スハイルはディスケを親だと思っていたし、群れの仲間は『アルゴー』だし、育ての親はアル・ジルだったので、本能ではないところで否定もした。
「・・・ぴーー・・・!!」
「・・・私、行くよ、スハイル。私の生まれた国に『行く』。『アルゴー』のことが大好きだし、みんなと離れたくないし・・・私のお家は『アルゴー』だけど、でも・・・、だからこそ、『行く』の。・・・だって、私が行かないことで、国が・・・誰かが、不幸になるかもしれない。それに気づいているのに、誰かがせめて不幸にならないようにと努力しないのは・・・、・・・・・・・・・間違ってるよ!」
スハイルは、嫌だ嫌だと泣きながら、もう頷くしかないことを覚悟した。ここで見なかった振りが出来ないカリーナだから、自分さえ幸せならいいとは決して言えないカリーナだから、スハイルは彼女が大好きなのだ。人間じゃない自分を、それでもゲートキーパーから庇おうとした彼女だから、スハイルはカリーナが大好きなのだ。カリーナだって辛い思いをして時でも自分を優しく撫でてくれるから、スハイルは彼女が大好きなのだ。
行かせないことは、大好きなカリーナを否定することになる。
スハイルは助けを求めるように、クー・シーを見上げたが、クー・シーは泣きそうな顔でスハイルとカリーナを見つめるだけだ。
「・・・・・・・・・、ぴー・・・!!」
でも、「行ってらっしゃい」なんて言えない。スハイル一匹では、その言葉は重すぎた。スハイルは、葛藤にぷるぷる震えた。スハイルが震えると、カリーナは「ごめんね」とスハイルを撫でるのだ。もういいのだ、とはスハイルは言えなかった。カリーナこそ辛いのに、「ごめんね」なんて
言わなくていいのだ、と。スハイルはどうしても言うことが出来なかった。そのことが、スハイルをさらに震えさせた。
そんなスハイルの耳に、
「・・・・・・・・・・・・、カリーーーーナーーーーー・・・・・・・・・・・・」
遠くからの木霊のような声が聞こえた。続けて、
「・・・フロレアル様!後方から、船が一船・・・追いかけてきます!」
船員が、フロレアルに報告する声がする。後方に控える警備隊の船が警告も迎撃もせず、静観を決め込んでいることも報告されていた。
スハイルとクー・シーが後方を見た。
「・・・カリーーーナーーーーーー・・・・・・!!」
遠くから聞こえる声に、カリーナが顔を上げた。
「・・・・・・・・・・・・、アヴィー・・・・・・?」
「カリーーーーナああああああ!!おじいちゃあああん!!」
スハイルを抱いたカリーナとクー・シーは呼ばれるままに、船縁へ走り寄る。追ってくる船は、ミアプラキドゥス号だ。船の先頭にアヴィーが居る。
カリーナは、反射的に返事をした。大事な仲間に呼ばれたから、大事な仲間の姿を見たから。もう、黙って『行く』なんて出来やしなかった。
「アヴィーー!!」
ミアプラキドゥス号の上のアヴィーは、カリーナとクー・シーの姿を見つけてぴょんぴょん跳ねながら大きく手を振った。それから、背後を振り返る。
「マルカブ!いた!いたよ!カリーナとおじいちゃんだ!1時の方向!」
おうよ、と船の中から声がして、舵がきしむ音がした後、船は微かに右側へ方向を変える。ミアプラキドゥス号が『アルゴー』の船だと知っている警備隊たちが見守る中、そのミアプラキドゥス号は悠然とカリーナの乗る船の横へと進む。アヴィーがパタパタと船の中に入っていき、その直後に錨が下りる音がした。ミアプラキドゥス号は、カリーナたちの船と並んでその場に止まった。
カリーナはスハイルを抱く腕に力を込める。
アヴィーが再びパタパタと甲板に出てきて、「カリーナ!」と彼女を呼んだ。アヴィーは地団駄を踏みながら、
「何も言わずに行くなんて、僕、怒ってるんだよ!心配したんだからね!」
「ご、ごめん・・・、でも・・・!」
「・・・・・・・・・、でも、も、何も、ないだろ。」
続けて聞こえた声に、カリーナはきゅっと唇を噛みしめた。マルカブが、カリーナの髪飾りを持ちながら甲板へ出てきた。マルカブは、カリーナの背後の萎んだ帆を見上げ、「・・・ディスケか。」と呟いてから、
「・・・・・・俺も、怒ってるんだよ。」
誰に、とは言わなかったが、マルカブはカリーナを見つめて、そう告げた。
(31章4話に続く)
---------------あとがきのようなもの-------------------
あと2話で、第一部は終了しますが、
実質、次回が第一部の最終回ではないかと思ってます。
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